入浴施設
「ちょっとジュース買ってくるね。」
「はいはーい。」
「いってら。」
私は病院の廊下を通り、紙コップ専用の自動販売機の前に立った。
オレンジジュースを選択し、小銭を入れる。
オミトと久遠は一週間もしないうちに退院が決まってしまった。
勝谷曰く『気持ち悪いほど生命力が高い上に、回復も早かった』らしい。
明日には退院するということで、ひとまずは安心している。
私はというと、しばらく病院のソファーで寝泊まりしていたせいか体が痛い。
関節が悲鳴を上げている。
「うーん。」
伸びをするが全く解消されない。
私はふと、ポスターが目についた。
古いポスターで色褪せていたが、文字は読めた。
オミトたちの寝泊まりする病室の真向かいにあるビルが写っており、テロップには
『徒歩10分!室内入浴施設!』
とオレンジ色で大きく書かれていた。
センスがあまりにもないが、同時に惹かれてしまった。
そういえば、シャワーばかりできちんと湯船に使っていない。もしかしてこれも原因ではないだろうか?
ただの思いつきだったが、紙コップのジュースを取り、急いで部屋に戻った。
「あれ?シュノ、どっか行くの?」
「お風呂行ってくる!」
「そう?」
オミトは首を傾げていた。
私は一刻も早くこの痛みから開放されたかった。
いつも病室から見えるせいで全く迷うことなくあっさりついた。
私はエレベーターのボタンを押し、最上階まで上がった。
屋上にあるわけではないだろうが、ある程度の高さからはいい景色が広がっているに違いない。
エレベーターのドアが開くと、そこは照明が一切ついていない薄暗い空間が広がっていた。
「……え?」
そして、『しばらく休業します』の看板とリッコがいた。
「え?」
双眼鏡に野菜ジュースを持った彼女は真顔になっていた。
「……オミトに言われたの?」
「いや、お風呂に入りにいたんだけど?」
「そう、休みにしてもらったから無理よ。」
私はその場にへたり込んだ。
「お風呂、入れると思ったのに……。」
「……。」
リッコは呆れたように、
「なら、お風呂沸かそうか?」
「いいの?」
「別にいいでしょ。貸し切りってるんだし。」
「やったあ!」
リッコは、脱衣所に消えたがすぐに戻ってきた。
「それなりに時間かかるけど、待てる?」
「うん!」
窓際にあるベンチに私も座った。
「私たちのこと監視してたの?」
「ーー監視というか、もはや生存確認ね。お互いの。」
「お互い?」
「病室のほう、見てたんだけどたまにこっちの方にオミトが手を振ってくるから気がついているわ。」
「それなのにまだ監視しているの?」
「今回は退院するまでは監視しろって指示でね。」
「もはや何でここにいるの……?」
「名目上やっておかないといけないこともあるわ。」
リッコの後には、毛布やインスタント食品などが積まれていた。
「でも、私のこと気がつかなかったんだ。」
「ええ、あなたは対象外だから。」
「そう。」
私は病室を見る。たしかにオミトと久遠の姿があった。
細かいところまでは見えないが、確かに見える。
「オミトたち、元気そうね。」
「うん。勝谷先生も驚いていたわ。」
リッコは野菜ジュースを飲みきったのかゴミ箱に投げ捨てた。
「……チュンさんのこと、大変だったの?」
リッコはため息をついた。
「むしろこっちが聞きたいくらいよ。何があったの。」
オミトや久遠は普段通りに生活しているが、元気がないのは確かだった。
チュンさんのことが少なからず影響している気がするが、その話題は意図的に避けているような気がしてずっと聞けなかった。
「そもそも、オミトたちがあんなに」
「最近、ずっと悲しそうだけど私には何も話してくれないんだもの。」
「オミトたちにとっては私や勝谷先生の次に付き合いがある人だったからね。」
「思ってたより長いね。」
「オミトとまともに会話してくれる数少ない人間だったし。」
「……。」
「半分友人みたいな人間に裏切られたらさすがにしんどいんじゃない?」
リッコは軽く考えているようだった。
まるで、最初から知ってたかのような口振りだ。
「チュンさんのこと、元々疑ってたの?」
「いいえ、全く。オミトたちを疑っておけば、真犯人は調子にのってくれるかなとは思ってたけど。」
「……。」
オミトたちは疑われているわけじゃなかった。
ただ単に犯人の炙り出しに使われていただけだったのだ。
私は、この件に関しては完全な部外者だったがオミトたちが何だか哀れでならなかった。
「そろそろ溜まったかな。」
リッコにとって、オミトたちに対する扱いは至ってシビアだった。
「……私には話してくれたの?」
「終わったことすら知らないままでいる必要ないでしょ。」
あっさりしている。
リッコはまた脱衣所の方へ行き、
「お風呂沸いたからいってきなよ。」
「ええ、ありがとう。」
私は一人、脱衣所へ行った。
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