年齢
服を脱ぎ、ロッカーに放り込む。
浴場のドアを開けると、照明はついていなかったが、大きな窓から光が入り、青空が見えていた。
白い正方形のタイルの床の奥に湯気が立っている。
お湯にちょっと手をふれる。
そして、その辺に転がっていた手桶を拾いかけ湯をして入った。
「……あ、ちょうどいいかも。」
誰もいない温泉を独占するのは最高だった。
浴場のドアがガラッと開き、裸のリッコが入ってきた。
鍛えているのか腹筋が割れていた。
足も腕も筋肉質で重量感がある。
何よりも大きな胸も『筋肉の一部です!』といわんばかりの自己主張が激しい。
着痩せするタイプなのか、普段からは想像しないような体つきにただ見惚れていた。
「どうよ?」
「強そうな体してるね?」
「風呂の話をしているのだけど?」
リッコはかけ湯をして入った。
「オミトたちの方監視しなくてもいいの?」
「報告することもないだろうし、サボっちゃおうかなって。」
いたずらっぽく笑う。
「そういうもの?そもそも、こんな温泉施設って貸し切れるの?」
「あ、知らないの?」
「何が?」
「ここ、ウチの会社の持ち物よ。」
「え。」
「オミトたちが入院している病院は、よく他の殺し屋も運ばれるのよ。だから、そこの監視用に買ってるの。」
「……でも、他の入院患者でそんなカタギじゃなさそうな人いないわよ。」
「当然、他の殺し屋とは階も棟も分けてるわよ。鉢合わせたら銃撃戦でも何でもやりかねないし。病院に来たのにとどめを刺すわけにもいかないでしょ?」
「そう……。」
「今ならともかく昔のオミトたちなら騒ぎになりかねないし。」
昔のオミト、どれくらい荒れてたんだろう。
「ね、それよりシュノってさ、2年前にはあの家にいたんでしょ?」
「う、うん。」
リッコは急に顔を近づける。
ついでに大きな胸も私に近づいた。
目のやり場に困って口まで水面に沈んだ。
「ここ数ヶ月だよね、外に出るようになったの。」
私は潜っていたが、息苦しくなって顔を出した。
「今まで何してたの?引きこもり?」
「そうでもないよ?家の周りはよく歩いていたし。」
「そう?その間、オミトたちの変化ってなかった?」
「え、変化も何も……オミトはずっとあんな感じだよ。あ。」
私は2つ思いつくことがあった。
「でも、最近はやたら殺し屋関係者に会わせてくるようになったし、一緒にいる時間が減ったかも。昔はべったりだっからさ。」
チュンさんやリッコことは前から知ってたが、最近はやたら顔を合わせることが増えた。
「なるほどね。」
リッコは湯船に背中から浸かった。
「シュノ。」
「ん?」
「オミトにとって、アンタは失った日常なのかもね。」
「日常?」
「オミトにとって、シュノはどこまでも自分の味方になってくれる相手かなって。」
「……そう?」
確かにオミトのことは大事……な気がする。
「そうよ!オミトのこと、これからも大事にしてあげてね。」
「うん?」
「アレ、私の弟みたいなものだからさ。」
「オミトの家族ってこと?」
「ううん。そうじゃなくて殺しの技術教えたのは、私。ーー師匠と弟子みたいな関係よ。」
オミトの化け物じみた実力は原因はリッコだったのか。
本人の口から全く聞いたことのない話だったけども。
「……あれ?じゃあ、オミトよりずっと歳上なの?」
見た目としてはオミトが20代後半くらいで、リッコは20そこそこだ。
「24よ。同い年よ。まあ、私のほうがずっとこの業界長いけど。」
「えっっ?!だったら、オミトって私と3歳しか変わらないの?!もっと年上だと思ってた!」
思わず叫んだら、声が反響した。
「夫婦なのに知らなかったの?」
「う、うん。」
「あなた達、よくわからないわね……。」
「そもそもリッコいつから会社にいるの……?」
「10歳くらい?」
「殺し屋家系か何かなの?」
「間違ってないわね。私の祖父や叔母もそうだったらしいし。」
リッコ、一族全体が殺し屋みたいな感じなんだ。
ドラマや小説の設定を聞いている気分だ。
「家族も親戚もとっくの昔にくたばってるから、どうなのかよくわかんないけど。」
「今、家族いないの?」
「殺し屋って職業上、短命だから。」
「……オミトも?」
「むしろ何でまだ生きてるのか不思議ね。」
「そう……。」
「簡単にくたばったりしないと思うけど、これからもよろしくね。」
「わ、わかった。」
「そろそろ定時連絡でもするか。」
リッコは立ち上がり、
「また会うことになると思うわ、じゃあね!シュノちゃん!」
脱衣所へと戻っていった。
1人残された私は、晴れた街の景色を見ながら軽く泳ぐ。
「ふっー。」
ふと、肩こりがなくなっていることに気がつく。
「同じ体勢だったのがよくなかったのかな?」
すっかり軽くなった体を感じながら、もう少しだけ浸かることにした。
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