退院騒動
「うん、2人とも問題なさそうね。」
差し込む朝日を背景に、勝谷はオミトと久遠を診察していた。
「まだ6時じゃないか。なんつー時間に叩き起こしてるんだ。」
「仕方ないでしょ。朝早くに退院手続きしないといけないんだから。他の殺し屋とかち合ったらどうするの?」
「へいへい。」
「ーーじゃあ、さっさと荷物まとめて出ていって。」
「おいおい、こっちは患者なんだが。」
「朝一番に回診来たんだからいいでしょ?」
「チッ。」
朝からだいぶ機嫌が悪い。
私は洗濯物や洗面用具をまとめて、ボストンバッグに詰め込み、自分の肩にかけた。
「オミト、運転、できる?」
「自信ないからタクシー手配した。車は後日取りに行くよ。」
「そ。じゃあ、お大事に。」
勝谷は素っ気ない。
「はいはい。行こうか、シュノ。」
「ええ。勝谷先生、ありがとうございました。」
私はお礼を言って、エレベーターホールまで歩いた。
「久しぶりに家帰れるな。」
「そうね。」
「ベッドで、寢るの、疲れる。」
「……普通は座って寝る方が疲れるんだけどね。」
そんな他愛もない話をしながらエレベーターに乗り込み、1階に降り、出口に来た。
私はボストンバッグが重く感じたので、一度肩から降ろし、地面に置いた。
「タクシーもう来てる?」
「いや?あと、10分はかかるんじゃないか?」
ふと、黒い車が見えた。
「あれ、タクシーじゃなーー。」
スライドするように病院の玄関に横付けされ、中から2人の男性が出てきた。
車は、2人を降ろすと猛スピードで視界から消えた。
1人は右腕が血塗れで、必死に左腕を抑えており、もう1人はその様子を心配しながら付き添っていた。
「「あっ。」」
2人の男たちとオミトと久遠が顔を見合わせ瞬間、顔色が変わった。
「お前ーー!」
オミトは、ボストンバッグを拾い上げて、思いっきり怪我をしてない方に投げた。
男に直撃し、倒れたがすぐに立ち上がった。
「まーだ生きてやがったか。」
「お前こそ、さっさとくたばれ!」
男はオミトに拳を向け、思いっきり殴られて吹っ飛ぶ。
すぐに立ち上がり、反撃を試みたが避けられる。
「ふざけんな!」
「オミトのせいであんときの報酬逃したんだぞ!」
「知らねえよ。あの狭いとこに8人も来やがって!」
「きゃっ?!」
久遠は私の手を引っ張り抱き寄せた。
「……近くに、いるの、危ない。」
「これ止めなくていいの?」
「2人、銃も、刃物も、ない。安心」
「でも、殴り合いじゃん。」
「オミト、肉弾戦、弱いから、大丈夫。」
「それは大丈夫なの?」
血塗れの男も呆れながら、そのまま病院に入った。
「知り合い?」
「アイツら、殺し屋、集団、うち、2人。仕事、揉めた」
「リッコ以外とも揉めたの……?」
「同じ現場、の、別ターゲットで、依頼、被った。」
オミトは男に蹴りを入れて、僅かにかすった。
殴られた顔が痛いのか若干動きが落ち着いた。
「お互い足引っ張ったから、恨んでる。」
相手の男はそれを利用して、一方的に殴り続ける。
「あの時、お前らが拷問なんてしてなければこっちのターゲット逃がすことなかった!」
「自分の無能さを押し付けるなよ!」
朝の街にこの2人の怒声はよく響くだろう。しかし、周りは静寂に包まれている。
「久遠さんは、怒らないの?」
「現場の、采配、ミスった、会社の責任。誰も、悪くない。」
一瞬轟音がして、2人の足元を見るとコンクリートに穴が空いていた。
「何これ、子供の喧嘩?」
ため息をつきながら、リッコが立っていた。
「ここは中立地帯よ。わかってんの?」
「会社抜けた以上、関係ないだろ?」
オミトは殴らけ続けたにも関わらず怒鳴る元気はあったらしい。
「なんだよ!このド腐れ強姦魔の味方すんのか?!」
「しないわよ。ただ、喧嘩をやらかした奴の頭はぶち抜いていいことになってるんだけど?」
「テメも殺すぞ?」
「はい、上見て。」
リッコは、向かいのビルの屋上を指さした。
全員がそちらを向く。
キラッと何かが光った。
「スナイパーか。」
「ふざけんなよ。」
「正直、気がついて、なかった。」
私には見えなかったが、
「そこの地面のやつは警告ね。次は脳天だから。」
「死にたくはねぇな。」
「はいはい。わかったら、解散して。」
「ダルっ。」
オミトはそのまま、地面に大の字になる。
「私も会社に話しつけなきゃ。」
リッコも街の中に消えてしまった。
男側だいぶ悪態をついていたが、スナイパーがいる方向を睨みさっさと病院に入った。
すれ違いに勝谷が入ってくる。
「ったく、アンタたち退院でも騒ぎ起こすわけ?」
勝谷がスリッパのまま降りてきた。
「あっちが喧嘩売ってきたんだけど?」
「はあー。ここで騒ぎ起こしたらどうなるかわかってるでしょ?」
「先生、ごめんなさい。」
「シュノのせいじゃないでしょ?久遠は何してたの?」
「傍観。それより、オミト、手当は?」
勝谷は一瞬、オミトの怪我の状態を見て、
「コレくらいなら大丈夫よ……死にはしないわ。」
「そうか。」
「車のことは諦めてよね。たぶん、1ヶ月は出禁だから。」
「へいへい。」
今日は、退院のはずなのに、むしろ怪我をして帰ることになってしまった。
勝谷の宣言通り、オミトは出禁になったらしく、この後の1ヶ月間病院付近に近寄ることはなかった。
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