転職

退院してからはや3ヶ月。

オミトたちはほとんど家にいた。

今までなら頻度はまちまちだが、よく外出していたのにそういうことも少なくなった気がする。

会社とは縁を切った以上、殺し屋としての仕事はないようだ。

勝谷も病院との話がついたのか、また普通に出入りできるようになった。

チュンさんがいなくなったこと以外、至って普通の日常が戻ってきた。

「シュノ。」

台所で皿を洗っていると、ソファーで雑誌を読んでいたオミトが声をかける。

「今日、新規の取引先行くんだけど一緒に行かない?」

「へっ?」

うっかり皿から手を離し、落とすところだった。

床に落ちるギリギリで泡だらけの皿を受け止める。

「取引先って、殺しの?」

「そうだよ。」

「何で私も?」

「自宅で親睦会かねてアフタヌーンティーやるんだってさ。俺と久遠だけだと、やりにくくて……。」

普通、仕事場に自分の妻を連れて行くか?

戸惑ったが、アフタヌーンティーという文言に惹かれた。

「わかった、いいよ。」

オミトは明らかに嬉しそうな表情をして

「助かる。さ、行こうか。」 

「いや。準備くらいさせてよ。」



外に出て早3時間、凹凸の激しい道を走り続ける。

「ねえ、どこまで行くの?」

「あと20分くらいだから。」

「気分、悪い。」

久遠は顔が青くなっている。

そのまま、振動を感じながらいると木々の上にひょっこりと大きな白い建物が見えた。

「こんなとこにビル?」

「ああ。ここだよ。」

入り口の前にある駐車場というにはお粗末な空き地に車を停める。

「久遠さん、平気……なわけないか。」

「正直、無理。ケーキ、入らない。」

「そっち?」

ビルの中は受付のような台とエレベーターがあったが、人の気配がしない。

観葉植物は手入れをされているようできれいな色を保っていた。

オミトは気にせずにエレベーターにのると、最上階へのボタンを押した。

ドアが開くと長い廊下を歩き一番奥の部屋に入った。

人の声やいる気配すらもしない、何だか違和感のある

そこは大きな窓が設置されていて自然光が入ってきている。

そして、真ん中に置かれたアフタヌーンティーセットが異質な空気を醸し出されていた

「ああ、ようこそおいでくださいました。オミトさん、久遠さん。」

車椅子の男性だった。年はだいたい30歳くらいで、優しい雰囲気だった。

「ええ。はじめまして。」

オミトは彼とにこやかに握手を交わした。

「そちらの方は?」

私の顔を見て男性は笑顔を向けた。

「妻のシュノです。」

「もうご結婚されてるのですね。シュノさん、僕は羅賀照人(らがてるひと)です。」

「ええ、はじめまして。」

照人が手を出したので、戸惑いながらも私も握手した。

「ああ。お茶を用意したので後は食べながらお話しましょうか。」

その言葉で席につく。照人は手際よく人数分のお茶を入れた。

1段目にはきゅうりのサンドイッチ、2段目にはスコーン、3段目には小さなケーキが乗っていた。

それぞれの段には可愛らしいオレンジや赤の小さな花が載せられている。

「好きなの食べてくださいね、マナーは関係ないですから。」

久遠はスコーンを取って、オミトはサンドイッチを取っていた。私もスコーンを取り、一口食べる。

「美味しい。」

ラベンダー風味の変わったスコーンだった。

さくさくしているが、中はふんわりとしており、ラベンダーの香りも味とマッチしている。

照人はそれを見てニコニコしながら、

「お口に合ったようで良かったです。」

「それで、仕事の話ですが。」

オミトが口を開く。

「オミトさんにはたくさん手伝ってほしい仕事がありますからね。」

久遠はスコーンと紅茶に感銘を受けたのか、目を輝かしながら、食べていた。

「そんなに期待されても、俺たちはただの殺し屋だけどな……。」

オミトが独り言のように呟く。 

「いいんですよ!僕のお願いする人たちをバンバン倒しちゃってください!」

オミトは、眉をひそめていた。

「まあさえ報酬があれば何でもしますけど。」

温度差が大きい。

「もちろんですよ!僕としては月でこのくらいを考えてます。」

おもむろに取り出した書類をオミトが見た瞬間、ぎょっとした。

久遠もスコーンを口にしながら書類に目をやる。

「今まで、の、報酬、倍。」

「月給って、マジかよ……。」

「依頼に成功したら成功報酬も渡しますよ。」

久遠もオミトも動きが止まる。

「えらく金払いがいいんだな、その額なら数年以内にはほぼ全資産渡す勢いだろ。」

「3年、かからない?なくなる。」

「目的は何だ?」

オミトは不審がっているようだった。

「僕は正義を執行したいんです。正義のためには暴力が必要だ」

場に緊張が走る。

「あなた方には僕の暴力になって欲しいです。その額は僕の専属になるーーいわば必要経費ですよ。」

「おいおい、たった2人に何ができると思ってんだよ。ターゲットに限りはあるし、どっかの団体ぶち壊すとか無理だぞ。」

ぶっきらぼうに言い放つ。

「あなたちの価値はそこじゃない。拷問、尋問ーーどんなところでも、いつでも行使できる暴力。」

「万能じゃ、ない。俺ら。」 

「勘違いしているようだが、殺す以上のことはしない。オプションはいくらでもするけどな。」

「それでいいですよ、僕は人生かけたい。」

「はあ……。」

オミトはため息をついて、両手で目を覆った。

久遠はスコーンを食べきり、サンドイッチに手をつけている。

「わかった。」

オミトはゆっくりと、でも、はっきりと言い放った。 

「契約、しようか。」 

「そうこなくては!」

照人からペンを受け取ると、サラサラと自分の名前を書き始めた。

そこには、『織部御刀』と書かれていた。

オリベと読むのはわかるが、御刀って何て読むんだろう?

そう思いながら2人のやり取りを見守っていた。


























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