倉庫

いつものように畑に出ていると、私は誰もいないはずの倉庫から声がした気がした。

こないだ私に包丁を向けた男性が拷問されていた場所だった。

彼はあの倉庫で亡くなったんだ。

「……オバケ?」

そんなまさか。

発想が、非科学的すぎる。

体がつい、震えてしまった。

でも気になったので、倉庫のドアを少し開けた。

自分の心臓の鼓動が速くなる。

「……。」

血の跡もなく、ただの椅子とダンボールが入っているだけの部屋があった。

私は幻聴かと思い、ドアを閉じようとすると中からガサガサと音がした。

「ひっ!」

危険な動物や人間だったらどうしよう。

一歩下がったところで、出て来たのは肩にタオルをかけて作業着を着た男性だった。

「おや?シュノさんネ!」

「もしかして、チュンさん?」

私たちは倉庫の外に出た。

「何でここに?」

「オミトさんの依頼ネ。こないだここで仕事したから来てくれって。もう終わったから帰るとこネ。」

「あれ?仕事なの?」

「オミトさんに頼まれたちょっとしたお小遣い稼ぎネ。」

「お小遣い稼ぎ?」

「死体の片付けと倉庫の掃除ネ。」

「そんなに貰えるものなの?」

「オミトさん変態だけど、金払いはいいほうネ。」

ふーと、ため息をついて、

「そ、そう。」

チュンは、倉庫にあるダンボール箱を持ち出す。

「倉庫さっさと片付けるネ、もしかして急ぎの用ネ?ココ使う?」

「ううん、そんなことはないけど……。」

「じゃあ作業に戻るネ。」

手際良くダンボールを運び出す。

私は一度家に戻って冷蔵庫にあった瓶入りのジュースをコップに注ぎ、缶に入ったクッキーと共にお盆にのせる。

「あ、シュノさん?」

「よかったらどうぞ。」

私が手渡すと、汗をタオルで拭きながらジュースに手を出した。

「掃除屋に茶菓子出す人、初めて見たネ。」

「家に入る業者の人はもてなすべきかなと。」

「シュノさん、育ちが良いネ?この業界の関係者にしては珍しいネ。」

「実家は広かった、かな。」 

実家によく来てた庭師や、修理業者の人を思い出す。

「オミトさんみたいな人にまともな奥さんいるのすごいネ。」 

これは褒められてる、のか?

「チュンさーん、掃除終わった?」

オミトが裏からやってきた。

「終わったね、シュノさんがジュースくれたネ。できた奥さんネ。」

「シュノはそういう気遣いができるタイプだから。」

オミト自慢気に話す。

恥ずかしいからやめてほしい。

「オミトさんの奥さんにするの勿体ないネ。損失ネ。」

そこまで言うか普通。

「中、確認しても?」

チュンさんはドアを開けて、オミトはそのまま倉庫に入った。

倉庫の中をしばらく歩き回り、細かく汚れが残ってないかチェックしていた。

「お、綺麗じゃん。こことか酷かったんだよね。なかなか血が落ちなくてさ。」

「掃除屋の仕事、死体片付けることだけじゃないネ。」

オミトは、着ていた服のポケットから折りたたまれた封筒が出す。

「はい、追加分。」

「さすがオミトさん、やっぱり金払いだけは最高ネ。」

「チュンさんとこ厳しいんだろ?」

チュンは受け取ると大切そうにカバンにしまった。

「過労死しないでくれよ。アンタのところにいる掃除屋たちは腕がいいんだ。いなくなったら困るよ。」

「5人の子供、大学に行かせるなら重労働も惜しくないネ。」

「チュンさんって大家族なのね。」

「私の国は成人前に子供死ぬこと多いネ。だからたくさん作る、でも自分の子にはせめていい環境にいてほしいネ。」

どうやら家族想いな部分もあるようだ。

「また頼むよ、家に呼ぶのはこれっきりにしたいけどね。」

「あれ?オミトさん、家では仕事しない主義ネ?リモートワーク、流行ってるネ。」

リモートワークってそういう意味ではないと思うのだが。

「シュノがいるからさ。あまり聞かせたくないし。」

「オミトさんにしてはまともネ。」

オミトって、人を気遣いする気持ちがあるんだと関心する。

「そろそろ帰るネ。また、仕事あったら言ってネ。」

「頼むよ。」

オミトと一緒にチュンさんを見送った。

「チュンさんって掃除屋の中でも、偉いの?」

「掃除屋の社長だよ。うちの現場に来てるのはみんなチュンさんの部下。」

「へえ、じゃあ付き合い長い?」

「まあ、仕事始めたときからの付き合いだからね。」

オミトは私の肩に両手を置いた。

「家に入ろっか、今日ご飯作るもの決まってる?」

「ザーサイの味噌汁。」

オミトに怪訝な顔をされる。

パプリカとアボカドはダメだったから、ザーサイなら大丈夫だと思ったーーだが、違ったらしい。

「今夜は俺が作ってもいい?」

「うん。」 

「じゃ、ザーサイでペペロンチーノでも作るか。」

私が頷くと、オミトは安心した表情をした。

今夜は久しぶりにオミトの料理を食べられると思うと嬉しくなった。



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