過去の女たち1
「オミト、最近丸くなったわね。」
私は今日1人で勝谷の自宅に来ていた。
オミトが荷物をもらう予定だったのが急用により、私が変わることになった。
勝谷は非番のせいか、珍しいオレンジのパッチワーク風のスカートを履いてストールを肩に羽織ってた。
「あれで?」
「そうよ。」
「……そんなに過去の人たちの扱い最悪なんですか?」
「まあ、アナタの扱いと違ってそもそも人間だと思ってフシはあったけど。」
「その人らは何を?」
「まあ、酷い全身火傷を追ったり、子供ができていたからーー。」
「いや、もういいです。」
目が泳ぐ。
オミトの悪行はさんざん知っているが、改めて話を聞くと辛いものがある。
そのとき、固定電話の呼び出し音がした。
「ごめんなさい、電話だわ。もう、非番の日に面倒ね。」
勝谷は席を立ち、しばらく1人になった。
高そうな絨毯に、色柄の揃った食器、ふかふかのソファー。完全に金持ちの家だ。
「ただいまー、早いけど戻ってきましたー。」
左目に貼るタイプの眼帯をした緑のジャンパースカートの女性がやってきた。腕まで袖のあるブラウスを着て微笑む彼女には色気があった。
「あれ、お客様ですー?」
「あ、どうも?」
どう反応していいかわからず、ただ困惑した。
女性はとても笑顔で、自己紹介をする。
「私は桜花って言いまーす。お手伝いとしてセンセに雇われてます。」
桜花が不思議そうな顔で、私を見つめる。
「だいぶ若い方ですねー、センセのお友達ですかー?」
「いえ、うちの旦那の知り合いで、光野秀乃って言います。」
「旦那さん?あら、センセがプライベートまで患者さんの家族と付き合うことなんて珍しいんですね。」
ニコニコと愛想よく笑っていたはずの桜花の表情が固まった。
「ーー今、シュノって言った?」
急にタガタと震え始めて、持っていたスーパーの袋を落とした。
カシャーン。
卵が割れる音がして、液体が袋の中で広がった。
「まさか、旦那っていうのはオミトって呼ばれてたりしますか?」
真っ青な顔をして
「ご存知で?」
桜花は私から離れる。
「あの人に奥さん作れるほどの社会性があったんですね。驚きです……。」
誰に聞いてもオミトの評判はつねに最悪だが、この女性はもっと酷いようだ。
「まあ色々あって。」
「そう、なんですね……。」
顔色が悪い。
落ち込んでいるようにも見える。
「あの、どうかされたんですか?」
「昔ーー監禁されたことがあって……。この目もそうなんですよね。」
誰に?何て聞くまででもない。
ーーオミトだ。
「わ、私。運が良かったん……です。あの2人に殺される直前に依頼がキャンセルされたから、勝谷先生の家に連れてきてもらって。」
桜花は私の顔に手を置く。
よく見ると、細かい傷がたくさんある。
「あの人たちは殺さない人間には、優しいんですよ……。」
「……。」
オミトの話は色んな人から聞く。
医者、掃除屋、同業者、身内が殺された人ーーでも、明確な被害者は今回が初めてだ。
私があのとき、あんな風に言わなかったら。
オミトが受け入れなかったらこの人みたいになってたかもしれない。
自分が置かれた状況はボタン1つの掛け違いだった。
「脅しちゃったみたいでごめんなさい。」
そんな話をしていると、上からダンダンダンと何か床を強く叩く音がする。
私は驚いて真上を見た。
桜花は時計を見て
「彼女ね。来る?」
手招きにつられて2階に移動した。
部屋の前で止まり、ゆっくりとドアを上げる。
「何してるのー?和琴。」
白い布の被ったテーブルに2つのベット、鍵付きの戸棚、空き瓶や脱脂綿、ピンセットが転がっているーー病院の診察室みたいだ。
「ねえ!包帯がないのよ。ここにあったのに!知らない?」
目がどこか別方向に向いていてとても不気味な上に、髪もめちゃくちゃで酷く臭かった。
まだ10代のようだが、白髪も混じっていた。
「勝谷先生がまた持ってきてくれるよー。」
「あれがないと、いけないのに!」
桜花は和琴を黙って抱きしめていた。
「大丈夫よ、大丈夫。大丈夫。大丈夫。」
和琴はしばらくギャーギャー騒いでいたが大人しくなった。
「寝ててもいい?オミトたち帰ってこないかな。」
「うん、私が見てるなら。安心して。」
「ありがと。おやすみ。」
和琴はベッドに入るとすぐに寝息を立てる。
起こさないようにゆっくりドアを閉めた。
「あの子は?」
「和琴よ。私と同じで殺されるはずだったけど直前でやめたって。」
桜花は1階に降りて、お茶を淹れてくれた。
「私よりも監禁される期間がずっと長くて、色々されたから精神やったみたい。」
サラッという。
ようするに勝谷が最初に話していたのはこの2人だったのかと納得する。
1人は人生をめちゃくちゃにされ、もう1人は人間らしさすらも壊されている。
オミトがやっている。
ずっと知っていたことではあった。
でも、目の前で見ると重みが違う?
「ごめんなさいね、シュノ。電話長くなっちゃって。あれ?桜花なんでいるの?」
勝谷は首を傾げる。
「センセ。今日の休日はやることが無かったんですよー。先週お金使いすぎちゃって。」
「ーーそう、お客さん用のタバコ買ってきて。いつものやつ。」
「紺の牡丹柄ですねー、わかりました。」
桜花は財布だけ握るとさっさと家から出ていった。
「まさか帰ってくるとは思わなかったわ、何かあった?」
穏やかだが、初めて会ったときの棘々しさを感じた。
「え、えと。」
私はさっきまで桜花との会話をざっくり話した。
「桜花ならやりかねないわ……。」
勝谷は気だるそうにした。
「ここにはーー知ってるとは思うけど、オミトに殺されかけた女の子がいるの。」
「……。」
「オミトやあなたが来る日は休みにしているし、普段は近所にある私の生家にいるから顔合わせることもないんだけど。あなたとは相性悪いわね。」
勝谷は小さな箱を渡した。
「家庭薬のセットよ。巷だと手に入らない薬もあるから、一般人に見られないようにね。とりあえず今日は帰って。」
「うん、ありがとう。」
私は勝谷の家を出た。
外はもう夕方だった。
桜花と和琴。私には知らない女がたくさんいるらしい。
そう思うと複雑な気持ちになってしまった。
別にオミトのこと、恋愛的に好きな訳じゃないのに。
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