『密談』
『ーーまたケガしてる。』
明るい茶髪の女が手当をしながら、俺に微笑むーー和琴だ。
『ほら、しっかりして。失敗なんていくらでもあるよ?』
和琴が俺の背中をバシバシ叩く。痛いと言ったら、笑ってくれた。
『だから、洗濯物は分けて!』
久遠と一緒に説教される。
『大好き。』
俺に親愛の目を向けて抱きしめる。
その瞬間ブラックアウトして何もかも崩れ去った。
思わず飛び起きる。
横を見ると、シュノが寝ている。あの女じゃない。
いつもの黒い半袖のTシャツとレモン色のショートパンツ姿。
俺が知っている限りこんな服ばっかり持っている。
以前、ダメにしたワンピースのことを思い出す。本当はああいう服の方が好きなんじゃないか。
窓を見ると、月の明かりが何だか眩しく感じる。
「……起きれたな。」
壁際で毛布を被って寝ている久遠を起こさないよう、僅かな音もたてないよう細心の注意を払って外に出た。
「さむっ。」
車に乗り込むと、暖房を全開にする。
深夜の国道は誰もいない。
閑静な住宅街の中で、ひときわ豪華な家の前についた。
俺は紙袋2つを持ち、ドアをノックした。
「勝谷、俺だ。」
「待ってたわ、ド腐れ犯罪者。」
「相変わらず、雇い主に冷たいな。」
いつも通りの軽口を受け流す。
リビングに案内され、コーヒーを出された。
「で、次の給与と和琴の治療費。」
紙袋を机の上に置いた。
勝谷は中身を確認して、視線を俺の顔と袋に行き来させた。
「まあ!これ、3年分くらいあるじゃない?」
「そのつもりだ。」
俺は、ソファーに深く座り、背もたれに寄りかかった。
「いつも通り、和琴や桜花たちの面倒見てくれよ。」
「こんなお金なくてもやるわよ。皮肉なものね、他の人間を殺した金で誰かを治療し続けるなんて。」
「で、和琴の様子はどうなんだ?」
「全くよくないわ。身体としては小康状態だけど、心は全然。」
「そうか。」
「それより次の仕事で死ぬ予定でもあるの?」
「違うよ、でも似たようなもんかも。」
「?」
「現場がきな臭くなってきた。仕事がやりにくくなってるね。」
「いつものことじゃない。」
「違う。ーー誰かが俺達をハメようとしている。」
「そうなの?」
「同業者や、会社の人間が俺たちを見る目がキツい。」
「日頃の行いじゃないの?」
「いーや、アレは金の匂いに誘われてるね。誰かに焚き付けられてる気がするよ。」
「ふーん。でも、オミトの感は当たるからね。」
俺はコーヒーを一口飲む。
「まっずっ!なにこれ?!」
危うく吹き出しそうになった。
「私が飲んだたんぽぽコーヒーの中では一番美味しかったけど?」
たんぽぽってコーヒーになるのか……?
頭の中で疑問が浮上するが、それ以上に
「よく客に出せたな?!」
「シュノの手作りもらったの。」
「……そう。」
俺は、決意を固めて一気に飲んだ。
「あら。」
勝谷は目を丸くしていた。
「おかわりはいらない……。」
「そう。意外ね、アンタがそういうことするなんて。」
「何だよ急に。」
「シュノのこと、多少は大事に思ってるんだ?」
「多少って……妻、だからな。」
「というか、シュノってアンタの何?」
「なんだよ、藪から棒に。シュノはシュノだろ?」
「最近まで存在知らなかったわよ、リッコやチュンさんも2年前から突然湧き出たって言ってたし。」
「湧き出るってなんだよ、湧き出るって……。」
みんなに聞き回ってるのか、この女は。
「あらかたどこから拉致るか、殺すつもりで連れてきたんでしょ?」
「……。」
「ほら、図星じゃない。」
「なんでもいいだろ?」
「そんな彼女を私にまで紹介したのはなぜ?」
「自分の嫁を紹介するのは、悪いことかよ。」
「違うでしょ?あなたも久遠もすごく疑り深いもの。ーーお互い以外誰ももう信用してないじゃない。」
勝谷は続ける。
「それでも、シュノのことも大切なんでしょ?」
「それなりにはな。」
「2年会わせてくれなかったのは何もかも巻き込まないためなのになぜ今更なの?」
「はっ。」
俺は思わず鼻で笑った。
「わかってないな、殺し屋といる時点で巻き込まれるんだよ。全部。」
今度は勝谷が黙った。
「シュノは俺たちといる時点で、一蓮托生なんだよ。生きるのも死ぬのも。」
和琴や伊緒奈がそうだったように。
俺や久遠といるだけでボロボロになってしまう。
片方は精神がどこか遠くへ行き、もう片方は植物状態だ。
まるで俺たちの業を代わりに背負わせているみたいだ。
「ーーでも、あの子には俺よりかは生きていてほしいと思うよ。そのために、お前にも相談してるんだ。」
「そ。野暮だったわね。」
勝谷もコーヒーを飲んだ。
「ま、あんたらくたばったらうちで面倒見るわよ。シュノはいい子だし、桜花とも仲良くしてくれるしーーご実家は?」
「あるけど……帰りたがらないと思うぞ。あの人たちはシュノには冷たすぎる。」
「あら、そうだったの。何にせよ、アンタらが生きて帰るのが一番ね。」
「ああ、そうでありたいよ。」
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