結婚指輪4
築40年はとっくの昔に経っているオンボロアパート。
カンカンカンと、音を立てながら階段を上がり、ドアを開けた。
キッチンがついた8畳の部屋があった。
「お金取ったら帰るから。」
「ん。」
箪笥の引き出しを開けて、缶に入った3万円を取り出す。
何かあったときの生命線のつもりだった。
数年ほど住んでいたが、本棚の漫画や、自分でバイトして買ったもの、卒業アルバム、普段使っているシャンプー、どれも未練がない。
私は意外に物に執着がないのか、と自分で驚いた。
「行こう。」
「もう、いいのか?」
「長居をするような部屋じゃないわ。」
「わかった。」
私たちは帰路についた。
帰りは特に何もなかった。
久遠とは特に話すことがなかったし、視線はこちらを向いていたが自由にしていてよかった。
「おかえり、久遠。」
家につくとオミトが待っていた。
「昼は食べた?」
「いや。」
「じゃあ作るよ。」
オミトはそういうと、パスタを茹で始めた。
久遠は私たちをまじまじと見ている。
「仮眠取るから、できたら教えて。」
そのまま部屋に戻った。
「夕方まで用事があるんじゃなかったの?」
「いや。もう、いいんだ。」
「そう?何か手伝えることある?」
「じゃあ、そこの玉ねぎの皮を剝いてスライスしてくれ。」
「ねえ、オミトたちはどうして同じ部屋で寝てたの?」
「1人でベッドで寝るの落ち着かないらしい。」
「そういうもの?」
オミトは手際よく玉ねぎやベーコンを炒めている。
「料理得意なの?」
「まあな。久遠は普段したがらないから。」
牛乳とパスタを和えて、皿に盛る。
「久遠呼んできて。」
「わかった。」
寝室に行くと、久遠が壁にもたれかかって寝ていた。
「ご飯できたよ。」
声をかけても起きない。
「おーい。おーい?」
「ん。」
久遠はふいに立ち上がって、私を抱きしめた。
「は?やめて!」
突き飛ばそうとしたが、うまく力が入らない。
「オミト!来て!」
「ん?」
オミトが来ると、久遠は私に抱きついたまま寝ていた。
「お願い助けて。」
「あー、寝ぼけているやつだな。たまに俺にすることもあるから。」
オミトは、肩を握って久遠と私を引き離した。
「久遠寝てるし、2人で食べよっか。」
「ええ、わかったわ。」
オミトの料理はとても美味しかった。
私たちは色々な話をした。オミトの仕事のこと、久遠のこと、趣味のこと、畑を作りたいってこと。
夫婦というものはよくわからないが、少なくともこんな風に穏やかに話したのは初めてだった。
「ねえ、私殺すことになったらその後の処理どうするつもりだったの?」
「あー、うん。シュノは実家から逃げてるだろ?人付き合いもほとんどないし。」
私は、ピクッとなった。
「とりあえずアパートは解約しておいて、そこら辺業者に任せるかな。」
「実家のこと、知ってるの?」
「いや。俺たちが知ってるのは住民票を閲覧制限していることだけ。だから、多分そうじゃないかと思って。」
「そう……。」
「シュノに何があったか知らないけど、ここでは好きに過ごしたらいい。」
オミトは私を抱きしめた。
「ん。」
「すまん、嫌だったか?」
「大丈夫。」
しばらくそのままでいた。
「改めて、よろしくね。君とは何だか上手くいきそうな気がするよ。」
「ええ、こちらこそ。」
あれからオミトとはずっと一緒にいる。
多分これからもずっと。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます