新たな隣人
「引っ越しの挨拶に来ました!」
朝、いきなりドアを叩かれ飛び起きる。
リビングにはあちこちに雑誌や本、パンフレットが置かれていた。
結局、ここ1週間は3人でずっとどこに行くか話してた。
何だかかんだ3人ともちゃんとした旅行に行ったことがなく、迷いに迷っていた。
私が眠たい目を擦りながら、玄関へ行こうとするとオミトが遮って前に出た。
「俺が行くよ。」
オミトが玄関のドアを開けた瞬間、固まった。
私も只事だとは思えずに後を追った。
「オミトどうしたの?」
「シュノ、久しぶりね。」
そこにいたのは野乃香だった。
こないだオミトに殺されかけたはずの不倫した女。
「え?え?」
私は状況が飲み込めず、混乱していた。それはオミトも同じだったようで、
「もう依頼のキャンセル料までもらってるんだが?」
「キャンセル料?何のこと?殺し屋さん。」
野乃香は首を傾げていた、そして緑色の包装紙に丁寧に包まれて『ご挨拶』と書かれた箱を差し出してきた。
私が受け取ると、その箱は有名な高級タオルのブランドのものだった。
「私、近くの空き家に引っ越してきたの。今度からご近所さんになるからね!」
「……?」
「……。」
オミトの方を向くと、目が点になっていた。
状況が飲み込めなかったらしい。
だが、すぐに我に返る。
「い、いやいやいやいや。イカれてんのか?近所にお前を殺そうとしていた男が暮らしてるんだぞ?」
「でも、依頼がないと何もしないんでしょ?問題ないわ?」
「それはそうだが……。」
すごい、オミトが言い負かされている。
「それに、もう私は依頼されないわよ。」
「は?」
オミトは何を言っているのかわからないようで、素で反応する。
「あれ?知らないの?」
「何の話だ?」
「あの人の奥さん、亡くなったそうよ。てっきり、あなたたちがサービスでしたかと。」
オミトは全力で首を振った。グイグイ来る野乃香にドン引きしているようだった。
「何で仕事でもないし、趣味でもない殺しなんてするかよ。」
「ふーん?ま、いいわ。これからよろしくね。」
新たな隣人となった野乃香は微笑んだ、一方オミトはげんなりしていた。
「じゃ、今日は失礼するわ!」
野乃香がいなくなった後、オミトは久遠を叩き起こした。
「ん?朝?」
「おい、さっさと行く場所決めてしまうぞ!こんなところにいられるか!」
「じゃあ、風呂、上がってから。」
オミトは、自宅でそうそう言うことのないセリフを吐き、久遠がシャワーを浴びている間に、スーツケースに着替えやタオルを詰めはじめた。
よほど野乃香が嫌だったらしい。
私としては突発的に旅行に行きたくなるレベルか?と疑問に感じたが口には出さなかった。
「庭見てくるね。」
私は植物に水をやる時間であることを思い出し、じょうろを持って外に出た。
水をやりながら、野乃香のことを考えていた。
先ほど近所に越してきたと話してきた。
何か引っかかる。
うちの周りに住めそうな家はないはずだ。
いや、正しくは廃墟みたいな空き家ならある。この1週間で引っ越せるってまさか……。
「よし、行ってみるか!」
私は、徒歩10分くらいの廃墟が集まっている場所へ移動した。
そこは、何だか不気味で普段はあまり行くことがない。ここら辺は昔は小さな集落だったのか、築何十年も立っていそうな古民家がたくさんあった。
夕方から夜にかけては不気味な雰囲気がしてますます近寄りがたい。
私がしばらく歩いていると、ある家の前に軽トラックが止まっていた。
悪いと思いながらも、雑草の茂る庭を通って中庭へと移動した。なぜか途中にドラム缶やテントがおいてあった。
「キャンプみたい……。」
作業着に軍手をして、ボロボロ畳を運ぶ野乃香がいた。
「あれ、シュノ?」
私に気がついて近寄ってきた。
「え、えっと。これは?」
「あの人の親戚がタダで用意してくれたの!いい人たちね!」
汗を拭きながら、家を自慢するかのように見せてくる。
家の中は、穴の空いた障子に襖、泥を被った床などがあった。
多分いびられているのでは?と思ったが口に出さない。
「引っ越したのはいいけど、ほら。聞いてたより古い家だから修理しようかと思って。」
笑顔で答える野乃香は健気さを感じる。
「今月中には寝る部屋くらい用意したいかな。」
「……どこで生活する気?」
「トラックと、テント。風呂も用意したし!」
「……。」
野乃香は楽しそうに作業を続ける。
私は邪魔をしてはいけないので、その場を去ることにした。
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