久遠と心残り
ある昼下がり、部屋で本を読んでいると久遠がやってきた。
「出かけるけど、来る?」
「うん?いいけど。オミトはーー。」
横を見ると、オミトが爆睡していた。
私は、頬をぺちぺちと叩いてみるが起きる様子がない。
「起きてー、起きてー、お!き!て!」
揺すっても叩いても起きなかった。
久遠は仕方ない、といった感じで
「2人、だけで、行く?」
と提案したので頷いた。
久遠は外に出ると、畑にある花々を指さした。
「いくつか、もらって、いい?」
「別にいいけど、花束にすればいい?」
久遠はうなずく。
私はハサミで適当に咲いている花を切って包装紙に巻いて渡した。
「これでいい?」
「うん。」
車に乗り、山を下ってからそのまま沿岸を走る。それから30分くらい経った。
街中に入ると、大きな総合病院があった。その駐車場に車を停める。
「誰かのお見舞いに行くの?」
「ああ。」
10階以上の階段を登り、1番奥の病室に行く。
名前の欄にはイトバイオナと書かれていた。
中に入ると個室になっていて、海がよく見える。
ベット5台くらい置いても問題なさそうな広い部屋だ。
「……。」
無機質な機械に囲まれ、管に繋がれた眠る女性がいた。ショートヘアで、年はまだ10代後半くらいだった。
「この人は?」
久遠は持ってきた花束を花瓶に移し替える。
「伊緒奈。俺の、恋人。」
私は目を丸くした。
「え?恋人いたの?」
「ああ。おかしい?」
「びっくりしただけ。今日は寝てる?」
「いや、ずっと、こう。」
「病気なの?」
「事故の、後遺症。」
「……。」
声のかけ方がわからずに、黙ってしまう。
久遠は、しばらく伊緒奈を眺めていたが、数分も経たないうちに、
「行こうか。」
「もう、いいの?」
「次の。用事。ある、から。」
久遠はそのまま階段を降りて受付の職員と話をし始めた。
「勝谷先生、いる?」
「ええ。糸場様ですね。こちらです。」
職員は私たちを案内してくれた。
私はこっそり久遠に耳打ちした。
「久遠さんって、名字あるの?」
「偽名、だよ。」
「そ、そう。」
オミトにも名字があるんだろうか。
廊下の奥の部屋に入ると、初老で白衣を着た女性がいた。
「久遠じゃない。久しぶりね。」
「そちらのお嬢さんは?」
「オミトの妻。」
「あら、あの子に結婚できるほどの社会性があったの?」
嫌味ったらしく話す。
何だかものすごいプレッシャーを感じた。
「ええと……光野秀乃、です。」
私が震えながら頭を下げると、
「ああ、ごめんなさいね。あなたに文句はないの。ただ、オミトがね。」
オミトどこへ行っても悪い評判なのか。
「私は勝谷。訳あってこの2人の治療や、伊緒奈の面倒を見てるの。」
「それで、伊緒奈の。様子は。」
「まあ、よくも悪くも安定してるわね。筋力は弱まってるみたいだけど、合併症とかの心配もないわ。」
「そうか。」
「前から言ってるけど、もう目も覚まさないかもしれないわよ。それでも治療続ける?」
「ああ。」
「ベストは尽くすけど、いつ急変してもおかしくないから覚悟しててね。」
久遠は落ち込んでいる様子もなく、いつものことだというように淡々としていた。
「あ、そうそう。シュノ。」
「はい?」
名刺を渡してきたので、受け取る。
「もし、何かあったら連絡してね。オミトに殺されかけたとかなら特に。」
「は、はあ。ありがとうございます?」
勝谷は私に酷く同情的だった。
「ピルの処方とか、中絶も格安で受けるから必要ならすぐ用意するわ。」
さっきから話の方向が不穏すぎる。
今までオミトとどんな関わりしてきたらこんなことを初対面の人間に言うようになるんだろうか。
「オミト、は、シュノには、優しい。」
久遠が私と勝谷の間に立ち塞がった。
「五体満足でいればいいというのは、優しさじゃないのよ?」
「人間として、扱ってる。食事も。布団も。風呂も。ある。」
「でも、やってることは軟禁なんじゃないの?」
「彼女だけは、違う。」
今までの子たちと言った?
私以外にも住んでいた人たちがいる。
「そう?」
私は瞬きをした。時間が止まったみたいに3人共固まった。
「シュノ。帰ろう。」
久遠は私の肩を叩いて部屋から立ち去った。
私も追いかけようとするが、
「ねえちょっと。」
勝谷に呼び止められる。
「本当に監禁されてない?逃げなくても大丈夫?私ならーー。」
「まあ、オミトとはそれなりにやってます。」
「そ。わかった、あなたがそのつもりならいいわ。でも、困ったことがあったら連絡して。いつでもどんなことでも助けになるから。」
「はあ、どうも。」
えらく心配してくれるじゃない?
私はお辞儀をして部屋を出た。
「久遠さん、待って。」
階段を降りる久遠にようやく追いつく。
「不快な思い、させた、かも。すまない。」
「何で先生はあんなこというの?」
久遠は珍しく疎ましそうな顔をした。
「俺たち以外にも、殺す予定だった女たち、治療をしていた。」
「女?」
「仕事関係の、女。」
「……。」
純粋に私のことを心配してくれただけだった、のか?
「私をなぜ連れてきたの?」
「伊緒奈のこと、いざとなったら。頼む、つもりで」
「頼むって言われても……。」
「仕事、オミトも俺も、死ぬときは死ぬ。シュノだけが頼り。」
「勝谷先生は?」
「多分、助けてくれる、でも、俺たちのこと間近で見ているの、シュノ。」
「金は払ってる。もしそのあと目が覚めること、あったら。」
「あったら?」
「世話してくれ。あの子に、頼まれたことだけでいい。」
「ふーん。わかった。」
病院から出ると、ますます日差しが強くなっていた。
外に出るだけで汗が出た。
「アイス、食べに行きたい。どう?」
久遠は眩しそうに空を見上げて、
「うん。行きたい。」
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