水を汲む
朝起きて、伸びをする。
隣にはオミトが寝ており、ドアの横には壁にもたれかかって寝ている久遠がいた。
結婚してからはずっと3人同じ部屋で寝ている。
久遠曰く、近くに人がいないと安心して寝れないらしい。
ベッド持ってくればいいのに、と思うが寝るときは座った体制ではないと落ち着かないそうだ。
そんな光景も2年あればすっかり見慣れてしまう。
私も初めは久遠と同じ部屋で寝るのは抵抗があったがーー今もわりとあるが、きっと住めば都というやつのだろう?
カーテンを少し開けて、外の様子を確認する。
「曇ってる。」
私は寝ている2人を起こさないようゆっくり歩き、ドアも音を立てないように少しずつ動かして開ける。
ちらっと振り返るが、爆睡していた。
ポリタンクを持って外に出た。
家の前にある畑の間を通る。
野菜や果物、花、ハーブがすくすく育っていた。
細い小道を歩いていると、川に出る。
小さなフナが泳いでおり、遠くで鹿の声がする。
曇ってはいるが、穏やかな日だ。
「シュノ!」
振り返れば、オミトが追いかけていた。
「あ、オミト。寝てていいのに。」
「1人で持つには重いだろ、ほら。行こう。」
「うん。ありがとう。」
オミトが私の手を握るので、握り返す。
「またしばらくは休み?」
「ああ。数ヶ月はね。」
「そう。」
川に近づき、水をタンクですくう。
気泡がぽこぽこと溢れて、あっという間に満タンになった。
両手で力いっぱい引き上げて蓋を占める。
「ここで泳げたらいいのに。夏はスイカくらいなら冷やせるかな。」
「この川、ちょっと流れ早いよな。ーー今年は海でも行く?」
自分でもわかるくらいに目を輝かさせた。
「プライベートビーチでもあるの?!」
「いや、さすがに持ってないけど。人が来ない海水浴場なら知ってる。」
「行きたい!」
「わかった、連れて行くよ。」
オミトがタンクを代わりに持ってくれた。
2人で手を繋いで帰る。
家の前まで戻ると、小太りの中年男性と若い太眉で日本人形みたいな綺麗な長い髪の女性が待っていた。
男性には見覚えがある。
「あ。チュンさん。」
「シュノさんお久しぶりネ。」
チュンさんは名前もだが、日本人がイメージする中国人みたいな話し方をするけど、別の国出身らしい。
横の女性は初対面だが、こちらが愛想笑いを向けると笑ってくれた。
いいところのお嬢様みたいだと思った。
「とりあえず中に入ってくれ。」
オミトが玄関のドアを開ける。
「で。何で来たの?」
私はキッチンでお茶を淹れながら話を聞く。
「新しく来たメイメ。現場で顔合わせることもあると思うから先に紹介しとくネ。」
「ハジメマシテ。」
片言だった。ヤマトナデシコみたいな見た目なのに。ギャップにショックを受ける。
「ご丁寧に顔合せ?。ずいぶん若いね。」
「オミトさんよりは年上ネ。メイメ、こっちはオミトさんね。腕は確かな殺し屋だけど、ただの変態ネ。」
何も間違えてないが直球すぎる。
「隣は奥さんのシュノさんネ。オミトさんに無理矢理連れてこられて手籠にされたネ。」
何も間違えてないが直球すぎる。
いや、冷静に考えると手籠にはされてない。
誤解を招くような発言は控えてほしい。
「久遠さんっていう人もいるけどーーまだ寝てる?」
「ああ。」
「ここにいない久遠さんは殺しのプロフェッショナル。ただわりと根暗ネ。」
やはり直球だった。
「メイメかわいいからって、手出したら許さないネ。」
「テ、をダス?」
メイメは言葉の意味がわからないのかキョトンとしている。
「人を見境なしみたいに言ってさ。現場なら自重するって。」
「いや、見境はないわよ。」
「いや、見境ないネ。」
思わず、私とチュンさんの声が被る。
「昨日の現場担当が文句言ってたネ。なかなか片付けできない上に余計なものまで処理させられたって。」
多分、チュンさんが言っているのはオミトが昨日犯した女だ。
想像すると若干気分が悪くなる。
「そりゃ悪かったな。」
オミトにとって仕事で殺す相手は何をしてもいいんだろう。
「オミトさんは仕事仲間には優しいネ。多分。」
「タブン、デスか?」
私はため息をつきながら弁明した。
「仕事仲間と浮気した話は聞いたことないから大丈夫。今のところは。」
「イマノトコロワ……。」
メイメは、オミトを訝しむような目で見る。
「2人とも酷くない?」
「今日は挨拶だけだからネ。そろそろ帰るネ。メイメ、行くよ。」
「ハイ。」
メイメは頭を下げ、出ていった。
「チュンさん、またうちにおいでよ。」
「わかったネ。オミトさんの料理でも食べに来るネ。」
「ああ、じゃあな。」
そして、部屋にはオミトと2人だけになった。
「新しい掃除屋か。」
「掃除屋って現場の片付けする人だっけ?」
「そ。死体処理とか備品の回収とか、あと退路の確保とかもしてくれることあるよ。」
「挨拶までするなんて丁寧なんだね。」
オミトは伸びをすると、
「んー、いつだか掃除屋を敵と間違えて殺っちゃったことがあってさ、あれから挨拶に来るようになった。」
「……。」
支援をしてくれる味方まで殺すなら、嫌われてもおかしくない。
私は呆れたが、オミト特段気にすることもないらしかった。
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