霧宮澄御架の章 その7

「え、澄御架ちゃんがなに? 昨日ようやく戻ってきた……って、なに、言ってるの?」


「霧宮さんって、4月の始業式の日からずっと登校してたよな?」


「自分がずっといなかっただろって……目立つ霧宮さんがいなかったら、先生だってすぐに気づくと思うけど」


 クラスメイトの誰に聞いても、そんな反応が返ってきた。

 その度に、俺と澄御架は顔を見合わせた。


「いったい、どうなってるんだ……? 俺ら、なんかハメられてるわけじゃないよな」


「スミカへのサプライズドッキリだったらいいんだけどねぇ。うん、この空気は、どうもそういうわけじゃなさそう」


 澄御架自身も唸っている。

 普通なら、この異様な状況にパニックを起こしてもおかしくないが、幸か不幸か、俺と澄御架はこういった特殊な現象には、ある程度の免疫があった。


 青春虚構具現症の可能性がある。


「やれやれ……社と再会したと思ったら、すぐこれだもんね。あーあ、社といるとホント退屈しないよぅ」


「そりゃ俺のセリフだろ……」


「褒め言葉だよ? だからこそ、スミカは社とずっと一緒にいたいのさぁ」


 澄御架のいつも通りの浮ついた戯言は無視しておく。

 俺は、澄御架がいなかったことをまったく忘れているかのようなクラスメイトたちを見つめた。


「とにかく、何が起きてんのか調べないとな……」


「そうだね。皆の認識がおかしくなっているのか、あるいは記憶を失っているのか。あるいはそれ以上に厄介なことも、この学校ならありうるからねぃ」


 俺は澄御架の言葉に頷き、さっそく学校中を調べ回ることにした。


 *


 あっという間に一日が終わり、俺と澄御架、閑莉の三人は皆が帰ったあとの教室に残っていた。

 グラウンドからは運動の掛け声が、校舎からは吹奏楽部の演奏が聞こえる。いつも通りの放課後が広がっている。

 唯一、澄御架の不在という出来事だけを失って。


「やっぱり、澄御架がいなかったことを、生徒も先生もだれひとりとして覚えていなかった。学年もクラスも問わず」


「古海さんも、翼さんも、澄御架さんの生死不明だった話ついてまったく聞いたことなかったそうです」


「昨日話したときはそんな様子じゃなかったのに……どうなってんだ」


「うーん、にゃるほどねぇ……」


 机の上に座った澄御架が、目を閉じて眉間にしわを寄せた。

 

「この学校にかかわる人の記憶が、本来あるべき姿から変わってしまっている……ということだね、ヤシロン君」


「俺と九十九里と、おまえを除いて、な」


 なぜか、俺たち三人だけが、その対象から外れていた。

 理由も皆目見当はつかない。今間違いなく言えることとすれば、ひとつだけだ。


「これも、誰かの青春虚構具現症による影響……ということなんですね」


「間違いなく、そうだね」


 閑莉の言葉に澄御架は迷いなく頷いた。

 ふと、俺はあることに気づいた。


「待てよ……皆が覚えてないかもしれないけど、記録はどうなってるんだ?

 出席簿とか、テストの答案とか、物理的にいなかった証拠はあるはずだろ」


「そう、そこなんだけど」


 澄御架はそういうと、学級日誌を取り出した。

 表紙には、2年4組の文字がある。


 澄御架はそれを俺たちの前で、最初のページからめくってみせた。

 4月はじめの登校日から、毎日記録がつけられている。

 席の順番通りに、日直の生徒の名前が、本人の直筆で書かれている。あ行が終わり、すぐにか行が始まった。

 俺たちは、そこで驚くべきものを目にした。


 霧宮 澄御架

 

 まるで教科書のような綺麗な字体で、その名前は綴られていた。

 ちなみに才色兼備で完璧超人に近い澄御架は、字も上手い。その筆跡には、俺も強く見覚えがあった。


「これ……おまえの字、だよな。おまえが書いたのか?」


「ノンノン、スミカはこんなの書いた覚えはないよ」


「じゃあ、誰が……」


「澄御架、試しに名前を書いてみてください」


 閑莉がノートの開きページを開き、そこに澄御架がすらすらと自分の名前を書いてみる。そこに書かれた自体と学級日誌に書かれた名前の字体は、驚くほど一致していた。


「どう見ても、澄御架本人のものですね」


「だれかが、痕跡を捏造した……? いや、でもこんなの書いてたら、先生か次に書いたやつがおかしいって気づくよな、普通」


「そう。だからこれは、最初からこういう風に書かれたわけじゃない。スミカがいなかった証拠を消すみたいに、この日誌自体が改変されているんだよ」


 澄御架は恐ろしいことをあっさりと口にした。

 さらに懐から、プリントの束を取り出す。


「これ、一昨日やった数学の小テストの答案なんだけど……」


「おい、それまだ返ってきてないやつだろ。なんでおまえが持ってるんだよ?」


「そんなの、先生から拝借したに決まってるじゃあないかぁ」


「無断で借りることは拝借とは言わないぞ」


 俺のツッコミが図星だったらしく、澄御架はニコニコと笑った。

 相変わらず行動が早いというか、ためらいがない。


 澄御架は手元から、1枚のプリントを引き抜いた。


 そこにも、澄御架の名前があった。

 こちらの字体もさきほどのものと完全に一致している。

 

 このテストをやったとき、間違いなく、澄御架はいなかった。

 なぜここに、その澄御架の答案が存在しているのか。


「マジか……」


「学校の皆の記憶からだけじゃない。澄御架がいなかったあらゆる記録が、改竄されている。だれかの――青春虚構具現症によって」


 澄御架は密室での犯行が行われたことを断定する名探偵のように、そう断言した。

 

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