追憶の断章 4ヵ月前
【約4カ月前】
色とりどりのイルミネーションに飾られた商店街。
俺と澄御架は冷たい風に身を縮こまらせながら歩いていた。
「いやーもうすっかりクリスマス一色! って感じでテンション上がるよね。学校もこんな風に光らせればいいのにね」
「そんな浮かれたとこに恥ずかしくて通いたくないけどな」
「あ、見て見て! あそこのマダイ、あの大きさで二千円ぴったしだって! 安いし買ってこっか!?」
「却下だ。おまえ、俺たちがなんのためにここに来てるのか、言ってみろ」
「えっ……この商店街が大型ショッピングモールに負けない戦略を練るための、一次現地調査じゃなかったけ?」
「どっからそんな高尚な目的が出てきたんだよ。クリスマスパーティの買い出しだろうが」
そっか、と澄御架は掌をこぶしで叩いた。
俺は大きくため息をつく。
つい先日、どこぞのリア充たちの発案によって、クラスで少し早めのクリスマスパーティをやろうという企画が持ち上がった。
俺はあまり興味はなかったのだが、色々とあって、こうして参加することになり、当日の今日買い出し要員として商店街に来ているのだった。
なので、絶対にマダイを買って帰るわけにはいかなかった。
「えへへっ、でもみんなでクリパとか楽しみだねぇ。あ、スミカは今日はオールでオッケーだよ」
「冗談でもそういうこと言ってると先生に目をつけられるから気をつけろよ」
あらかじめ割り振られた買い物リストを手に、お菓子や飲み物を購入して回っていると、商店街内に飾られた大きなクリスマスツリーが目に入った。
「すごーい! ねえねえ社、写真撮ろ!」
「はぁ? べつにいいだろ、そんな豪勢なもんでもないし」
「いーからいーから。ほらっ」
澄御架が強引に俺の腕をひっぱり、ツリーの前でスマホを構えた。
腕を伸ばして、後ろのツリーを画角に収めると、シャッターを切る。
「あははっ! 社、すっごいしかっめ面だよぉ」
「悪かったな……」
澄御架は腹を抱えてひとしきり笑うと、その余韻をひきずったまま目尻をぬぐった。
「ねぇねぇ、社はクリスマス当日は、どうしてるの?」
「どうって……べつに、予定はないけど」
「そっかー」
「お、おまえはどうなんだよ」
なぜそんなことを聞いてくるのか。
なんだか妙な居心地の悪さを感じ、俺は沈黙を打ち消すように聞き返した。
「スミカ? スミカはねー、家族と過ごすんだ。妹ちゃんと一緒に」
「妹? おまえ、妹なんていたのか。初耳だ」
「うん、妹じゃないんだけど」
「どういう間違いだよ……」
「あははっ、でもスミカにとっては大事な家族なんだ。そうだ、今度社にも紹介するから。すっごく可愛いから、一目ぼれしないようにね」
「はいはい、わかったよ」
俺は澄御架が家族と過ごす、という返答になぜか安堵していた。
自分でも不思議だ。いったい、なにに安心したというのか。
商店街には、仲睦まじく腕を組んで歩くカップルたちの姿も多くあった。
「でもさ、春から色んなことあったよねー」
「……そうだな」
なにげない澄御架の呟きに、俺はしみじみと頷いた。
本当にその通りだ。色々なことが、むしろあり過ぎた。
「入学前は、まさか青春虚構具現症なんて、うさんくさい都市伝説みたいな怪奇現象に、本当に遭遇するとは、夢にも思わなかった」
「あはっ、スミカだってそうだよ」
「そのわりには、おまえは最初からあんまり動揺してなかったよな」
「そりゃーもう、女子高生は最強ですので」
「なんだよそれ」
得意げに謎理屈でかかげる澄御架は、しかし確かに怖いもの知らずだ。
これまでクラスで起きた様々な事件を、解決に導いてきた。
今、こんなのんきにクリスマスパーティの準備ができているのも、なんだか奇跡のような出来事に思える。
ふと横を見ると、澄御架がツリーの頂点にある星型の飾りを見上げていた。
「ねえ、社。クリスマスツリーに願い事書いて飾ったら、叶えてくれるかな?」
「そりゃ短冊だろ」
「そうかもだけど、サンタクロースが欲しいものをプレゼントしてくれるなら、願い事だって叶えてくれるんじゃないかなって」
「ん……願い事、あるのか?」
俺はちょうどクラスメイトから、追加の買い出しのオーダーがメッセージで来ていたので、話を半分聞き流しながら尋ねた。
「あるよ。スミカの願いはね……いまのクラスのみんなと一緒に、卒業すること」
「ほーん……」
「あ、社真面目に聞いてない」
「いや、聞いてるけど。っていうか2年になったらクラス変わるんだから、そりゃ無理だろ」
「ガーン! スミカ、しょーっく!」
「何を今さら……」
ふとスマホを見ると、予定よりだいぶ遅れていた。無駄話をしている暇はない。
足元に置いていた買い物袋を持ち上げる。
「ほら、行くぞ。遅れたら王園あたりになんて言われるかわかったもんじゃないからな」
「そうだねぃ、令蘭ちゃんちょっとツンデレのツンが強いからねぇ」
「あいつのデレなんて見たことないが……」
俺は歩き出しながら、ふと付け足して言った。
「っていうか、わざわざ願うほどのことじゃないだろ。
クラスが変わっても、みんな卒業はするんだから」
澄御架はなぜかきょとんとして、目を丸くした。
「? なんか、おかしいこと言ったか」
「……ふふっ、ううん。そうだね。あー、次もみんなと同じクラスだといいなぁ」
「まだ三学期が残ってるぞ」
「おうさ! スミカは卒業するまで全力で青春を駆け抜けるぞ~!」
卒業なんて先のことについて考えられるほど、俺たちはまだ大人ではない。
今の俺たちにできることは、クリスマスパーティの会場へと予定通り到着することくらいだった。
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