霧宮澄御架の章 その5
休み時間の教室で、大勢のクラスメイトたちに囲まれていた。
その様子を俺は自分の席から遠巻きに眺めていた。
澄御架の人気っぷりは、まるで芸能人のようだった。
集まっているのは4組の生徒だけではなく、去年同じクラスだった“14組”の生徒や、それ以外の野次馬たちで、狭い教室が埋め尽くされていた。
実際、澄御架はルックスだけにおいてもずば抜けている。
知らない人間からしたら一般人にはまず見えないだろう。顔立ちもスタイルも、並みの新人俳優やアイドルや人気読者モデルと引けを取らない。それこそ、あの王園令蘭と並べば、竜虎相搏つ、甲乙つけがたしといった眺めになるだろう。
それに加えて、澄御架の誰に対しても気さくで、とっつきやすい愛嬌あふれる性格が人気を集める理由でもある。だがそれに対しても、澄御架は一切嫌味もなく、ごく自然体で人気者というポジションをまっとうしている。
もちろん、その距離感の近さに慣れない人間はそれなりにいるだろう。
出会ったばかりの頃の俺自身もそうだった。
だが澄御架は、そんな壁など、たやすくぶち壊すだけのエネルギーを持っていた。
人の心を解かす才能。
それは、澄御架の持つ特技のなかでも、格別に稀有なものなのかもしれない。
「信じられませんね、本当に」
ふと気づくと、隣に閑莉が立っていた。
俺と同じように、視線は人だかりの中心にいる澄御架に向けられている。
「私は澄御架の手がかりを得るために、この学校に転校してきました。それなのに、まさかこうして本人が突然現れるなんて」
「もう話したのか?」
「ええ、さきほど。本当に、気さくな人ですね」
「あいつは、人と仲良くすることの天才だからな」
閑莉のように変わった人間にそう言わしめるのは、澄御架がいかにずば抜けた対人能力を持っているかということの証といえるだろう。
そういえば、結局澄御架と閑莉の関係性を、ちゃんと聞いていなかったことに気づいた。
「いいのか? あそこに混ざらなくても」
「もういいんです。騒がしいのも苦手なので。それに、こうして再会できたのですから」
「霧宮とは、前の学校がどっかで知り合いだったのか?」
「ええ、そのようなものです。だから、再会できただけで……こうして、笑顔の澄御架を眺めていられるだけで」
そのときの閑莉の横顔は、これまで見たことがないほどに穏やかだった。
初めて閑莉の素顔を見れたような、そんな感覚がした。
「うわっ!? な、なにこれ。どしたの!?」
俺たちの後ろから、古海が驚きの声を上げて現れた。
「あいつが、帰ってきたんだ」
「あいつ? って誰?」
「霧宮澄御架」
「え、それって……」
俺は無言で頷く。
以前、古海の青春虚構具現症に関わったとき、古海は去年1年4組で起きた事件については知っていた。
それを解決したひとりの女子生徒――霧宮澄御架の存在も、この学校の生徒であれば、まったく知らない人間の方が少ないだろう。
「へぇ……あの子がそーなんだ。てかめっちゃカワイイ……やば。で、神波はあの子とはなんかあったわけ」
「なにかって、なにが」
「片思いとか? もしかして付き合ってた?」
「なんでそう、急に色恋の話になるんだ……」
「それはなかったです。澄御架と社さんでは、スペック的に釣り合わなかったので」
「なんでおまえが見たきたように答えるんだよ……!」
「ちがうのですか?」
俺は真面目に答えるのも馬鹿らしくなり、澄御架の方に視線を戻した。
すると、澄御架を取り囲む一部の女子生徒が、肩を震わせて泣いていた。
その女子の頭を澄御架は優しく撫でる。
つられるようにして、男子のなかにも涙ぐむ連中がいた。
澄御架が、生きていた。
それがわかっただけでも、心配していたクラスメイトや友人がそういった反応を示すのは、普通の感情を持つ普通の人間として、自然なことだった。
ちが う
なに か おか し い
「アタシはあの子とは話したことなかったけど……なんか、もらい泣きしそう。
よかったじゃん」
「ああ……」
俺も、同じだ。
澄御架が帰ってきた。この学校に、教室に。
それだけで、俺が抱えていたすべての不安という雲がまっさらに晴れていくような心地だった。
不意に目頭が熱くなる。
どうやら、俺も他の皆の涙に当てられてしまったようだ。
閑莉たちに見られたくないと思い、咄嗟に顔を逸らす。
「? どうしたんですか、社さん」
「……っ、なんでも、ない」
「あれれ~? 神波、ひょっとして泣いてる? カワイイとこあるじゃーん」
「うるさい……」
古海が面白がって俺の顔を覗き込む。
さぞイジられるだろうと思っていると、ふと、古海が眉をひそめた。
「ん? え、なにひっかけ? もー感動ぶち壊しじゃん。神波がそーゆーイタズラするキャラだったとか、意外なんだけど」
「は、はぁ? なに言って……」
俺はむず痒くなった鼻をすすり、目元をぬぐう。
泣いてしまったことが、なんのイタズラなのだろうか。
「次からは目薬用意すれば? 泣いてないの、バレバレだから」
「――――え?」
俺はぬぐった自分の指先を、ふと見つめた。
なぜかそこは、まったく濡れていなかった。
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