霧宮澄御架の章 その6
「じゃーまずは、澄御架ちゃんのおかえりと、みんなとの再会を祝して……」
夕暮れのファミレスで、制服姿の高校生たち――つまり俺たちは、それぞれが思うままに注いだドリンクバーの容器を掲げた。
「かんぱーい!」
一斉にグラスやカップに口につける。
見ての通りだが、俺たちは澄御架との再会を祝したささやかな打ち上げに来ていた。メンバーは澄御架、閑莉、古海、翼――そして俺だ。
皆がグラスやカップを置くと、澄御架のものだけが空になっていた。
古海が目を見張る。
「澄御架ちゃんはやっ!? もう飲んだの?」
「くぅぅぅ~~~~ぷぱぁ! うまいっ! いやぁ~1日の終わりに飲むホットココアは最高だねぇ」
「一気飲みするような飲み物じゃないだろ……」
相分からず、澄御架はあらゆるところが常人とずれている。
普段あまり感情の起伏が顔に出ない閑莉ですら目を点にしている。
古海は口を開けて驚き、翼は笑っている。リアクションが薄いのは澄御架の奇行に慣れ切った俺だけだ。
「澄御架ちゃん……でも、どうして今日はわたしたちを誘ってくれたの? 社くんほど、仲良かったわけじゃないのに」
「そーそれ。アタシなんか、そもそも去年クラスちがうのにさ」
翼が当然の質問をし、古海も頷く。
澄御架の表情が、ほんのわずかに真面目さを取り戻す。
なぜこの面子なのか。
伝言したのは俺だ。
「社から、私がいなかった間に起きたことを聞いたんだ。それで、閑莉と古海ちゃんと翼ちゃんから、話を聞きたくて」
「それって……」
「つまり、青春虚構具現症にかかわった人物だ」
俺は澄御架の言葉を継ぐようにして答えた。
古海と翼は、2年になってから青春虚構具現症を発症した生徒たち。
そして閑莉は、俺とともにその奇怪な現象を目撃している。
ここに来る前、澄御架から自分が不在の間に起きた事件とその中心人物について知っておきたいと言われた俺は、こうして打ち上げと称して三人を集めた。
澄御架はこほんと、わざとらしく咳払いした。
「スミカは、この学校でまた青春虚構具現症が起き始めたことを知って、帰ってきたんだよ」
澄御架の言葉に、その当人である翼と古海が顔を見合わせる。
一方、閑莉は黙って説明を聞いていた。
「じゃあ……ひょっとして、わたしたちのために……?」
「マジ? めっちゃヒーローじゃん。スミカって噂通りのキャラなんだ」
「マジマジの大マジ、だよ。だから、こう見えても急いで戻ってきたつもりだったんだ。ところがどっこい、帰ってきてみたら、事態がもう解決してるって知って、驚きの助だよ」
そう言って、澄御架は俺に視線を向けた。
「社が頑張ってくれたこと、聞いたよ。皆も大変だったよね」
俺は複雑な思いで、視線を手元のティーカップに落とした。
「社が鑑先生に相談してくれたんでしょ? そのおかげで、スミカもこうして駆けつけることができたってわけなのですよ」
「そうだったんだ……。ありがとう、神波くん」
翼から礼を言われて、俺は面食らった。
「どうして?」
「だって、神波くんが頑張ってくれたから、澄御架ちゃんが戻るきっかけができたってことでしょ? だったら、やっぱりありがとうだよ。皆、澄御架ちゃんのこと待ってたんだから」
翼の言葉に、閑莉が頷いた。
「はい。私はずっと、英雄である澄御架と会える日を、心待ちにしていました」
閑莉は感動の対面を果たしただろうに、相変わらず淡々としている。
ちなみに澄御架の周りには変人が集まる、というのは密かな俺の持論だった。
「頑張ったんだね、社。えらいえらい♪」
「お、おいやめろ」
澄御架が唐突に身を乗り出して俺の頭を撫でてくる。
俺が慌てて手を振り払うと、テーブルに和やかな笑いが起きた。
「ご褒美はなにがよいかね? チョコ? ショコラ? ショコラート? それとももカカオマスを原料とした甘いお菓子?」
「全部チョコのことじゃねーか!」
「じゃあ、スミカからのチューとか?」
「そっ……!?」
俺が言葉に詰まると、女子陣たちが急に静まり返った。
反応が妙に冷たく、俺は困惑した。
「本気だと思っていそうなリアクションですね。残念です、社さん」
「うん、神波くん残念な感じ……」
「あはは、神波残念だって~」
「どういう意味だよ!?」
くだらない駄弁りをしながら、時間が過ぎていく。
澄御架は終始、楽しそうに笑っていた。
それだけで、世界がすべての問題が消えていきそうな楽しげな笑い声だった。
*
「おっはろ~! 社~」
登校中の道で、俺は澄御架に声をかけられた。
昨日はあれだけ学校を賑やかした有名人だったが、気づかれているのかいないのか、特に声をかけてくる人物もいない。
澄御架は腕を組んで難しそうな顔をしていた。
「? なんだよ」
「いやぁ~盛者必衰と申しましょうか……スミカの人気っぷりも、こんな風に一夜で収まってしまうのだと思うと、悲しくってねぇ」
「おまえな、昨日のアレは、おまえが人気者だからそういうことじゃなくてだな」
「まあでもいっか」
「聞けよ人の話を」
相変わらずマイペースを極めている女だ。
なんとなく、閑莉と昔友達だったということがわかる気がした。
「スミカは、みんなよりも、社から人気だったらそれでいいもん」
澄御架は軽やかに俺の前を歩いて、くるりと振り返った。
「……意味がわからん」
「いや、わかってる! 社は今照れ隠しでわからないフリをしてるんだ! スミカにはおみとーしだよ~!」
「ああ朝からうっさいなおまえは!」
俺は昔のような軽口を懐かしむことなく叩き合いながら、学校の校門をくぐった。
すると、駐車場の車から降りてきた鑑がちょうど歩いてきた。
黒縁眼鏡の奥の理知的な視線が俺たちを捉える。
「おはようございます、先生」
「鑑先生、相変わらずビューティーですぞ~」
澄御架の気持ち悪い挨拶(?)に俺は顔をしかめ、鑑も難儀そうに眉をひそめた。
「おまえな……昨日、会ってないだろ。先生になにか言うことないのかよ」
「? なんの話だ、神波」
「え、いやだって、死んだと思われてたとこに帰ってきたなら、まず言うべきことがあるでしょって意味で……」
「死んだと思われて……? 神波、おまえはなにを言っているんだ」
「え?」
なにかおかしい。
鑑は相変わらず怪訝そうにしているが、それは澄御架の態度に対してではなく、むしろ俺の言動に対してに変わっていた。
「だから、ずっといなかった澄御架が、学校に戻ってきたから……」
「いなかった? 霧宮は1年のときから皆勤賞で毎日登校していただろう。担任でなくてもそれくらいは知っているぞ」
冗談を言っているのだと、思えればどれだけよかったか。
だが不運にも、俺は鑑が冗談を言うタイプでは決してないことを知っていた。
澄御架の顔を見る。
さっきまであれほどふざけていたその顔が、厳しい眼差しに変わっていた。
「社。もしかしたら、なにか、よくないことが起きているかもしれない」
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