北沢古海の章 その5
「か、神波……!」
朝、登校して教室に入ると、古海にいきなり話しかけられた。
「お、北沢。おは――」
「いいからこっち来て……!」
「え、あ、ちょっと」
古海に強い力で腕を引っ張られ、廊下の端の方へと連れていかれた。
ただならぬ様相で、古海がじっと俺の顔を睨みつける。その目は赤く血走っていた。普段から若干印象のキツいギャルメイクもあり、異様な迫力がある。
「き、昨日のこと……だれにもって言ってないよね……!?」
「昨日の……北沢が眼鏡かけてること? 本好きってこと? それともネット小説書いてもご――」
「全部言ってんなばかっ……!」
古海が俺の口と鼻を思いっきり抑える。
口はともかく、なぜ鼻までつまむ必要がるのか。息ができない。このままでは殺される。
「ぷはぁ! お、落ち着けって……大丈夫だから!」
どうにか信じてもらおうと訴える俺の顔を、古海は注意深くじっと観察した。
古海なりに、必死に真偽を確かめているようだった。
しばらくして、ようやく安堵の息を吐いた。
「ならいいんだけどさ。……ってか、疑ってゴメン」
「いや、俺の方こそ、口に出して悪かった。死にたくないし気をつける」
「っていうか、は、初めてだったんだから……あの話、人にしたの。友達の誰にも言ってないんだかんね」
「そっか、教えてくれてありがとう。あ、それと早速昨日読んだぞ」
「は? なにを?」
「だから、北沢の作品」
「は???」
古海は目を丸くして、固まっていた。
まるで脳がフリーズしたような反応だ。
「だから……北沢が書いたネット小説」
次の瞬間、古海は再び俺の口を思いっきり両手でふさいで、そのまま俺を壁に押し当てた。今度は口と鼻となぜか目まで覆ってくる。
「な、なにも見えない……」
「なななななっ……なんで!? なんで、どうやって、アタシの作品知って……」
「いや、昨日見せてくれたスマホの画面に、書いてあったから。てっきり、わざわざ教えてくれたのかと……」
「~~~~~~~!!!??」
古海は声にならない声を上げ、その場で身体をくねらせた。
いったいどういう反応だろうか。もしかして、恥ずかしがっているのか。
だとしたら申し訳ないことをしたかもしれない。
「あ、ごめん。嫌だったら、もう話にしないって。もちろん、ペンネームのことも誰にも言わないし」
俺が即座に謝ると、古海は急に黙り込んだ。
奇妙な反応と沈黙だった。どうしたのだろう。怒っているのだろうか。
しばらくして、古海は外に視線を向けながら、窓の縁につつっと指をはわせた。
「……………………………………で?」
俺はしばし、目を瞬かせた。
「で……とは?」
「だっ、だっ、だから……か、かか、感想……とか、ないわけ!?」
「感想? あー……」
どうやら、地雷というわけではなかったようだ。
古海はおそるおそる、といった様子で、俺の答えを求めていた。
どう言ったものか。俺は昨晩読んだ、古海こと作者『電脳ウサギ』のネット小説を思い起こしていた。
確か作品タイトルは、『JK銀河英雄譚』だった気がする。
その内容は、派手な見た目のギャル女子高生・リサが数千年後の世界にタイムトラベルするSFものだった。そこで太陽系を支配する銀河帝国を舞台に、大艦隊を率いる若きエリート侯爵と出会い、そこから銀河規模の戦争に巻き込まれながら、平行世界と多次元宇宙の謎に迫っていく……という内容だった。気がする。
自分の理解が合っているどうかを脳内で確認しながら、俺は古海に向き合った。
「そうだな……うーん、壮大? ですごかった」
「ほ、ほんと!?」
「うん。俺はあんまネット小説は読んでないし、SFにも詳しくないんだけど、なんていうか海外の映画っぽい内容だなっていう気がした」
「は、ハリウッドで映画化するにふさわしい作品!? ばかっ、そんなお世辞言わなくても……」
「誰もそこまで言ってないが……あ、ただ」
「た、ただ……?」
「ちょっと、日本語が怪しかったな。特に漢字とか。あと、セリフがほとんどで、何が起きているのかわかりにくいところがあった。あと造語? が多くて、ちょっと理解するのに時間がかかるというか……あれ、北沢、大丈夫か?」
古海は急に胃の当たりを抑えて青ざめていた。
今にも吐きそうなほど顔色が悪い。
「わ、悪い。気に障ったなら……」
「……ううん、いい。べつに、神波は悪くないし。むしろ、はっきり言ってくれて……ありがと」
古海は口元に無理やり笑みをつくるが、明らかに意気消沈していた。
ばっちり決めたメイクや手入れされた金髪が、いつとは違って翳って見えた。
ここまでショックを受けるとは、予想外だった。もう少し、婉曲な言い方をすればよかったかもしれない。
「自分でわかってるし……。どーせPV数も100話くらい書いて二桁だし、フォロワーも3人くらいしかいないし。アタシの小説がつまんないことなんて、アタシが自分でわかってるんだってば」
古海は自嘲気味に笑った。
いつも教室で談笑している古海の姿は、怖いものなどないように見えていた。だが今は年相応の脆弱さが露わになっている。
こういうとき、何を言えばいいのだろうか。
俺は創作にも小説にも詳しいわけでもないので、具体的なアドバイスはできない。
それでも、なにかできることはあるはずだ。
脳裏に浮かんだ澄御架が、俺の後押しをしてくれた。
――手を差し伸べればいいんだよ、社。誰にだってね。
「あのさ、北沢が書いたもの、俺また読むよ。そしたら感想、また話してもいいか?」
「え……」
「読者がいた方が、そういうのって捗るんじゃないかなって思ってさ」
古海は俺をまじまじと見つめていた。
長いまつ毛に挟まれた瞳が、急速に潤んだように見えた。
「……い、いいの? ムリしてない?」
「もちろん」
古海は落ち着かなさそうに視線を泳がせる。そのとき、予鈴のチャイムが鳴った。
教室に戻らなくてはならない時間だ。
古海は無言で歩き出す。
やはり迷惑だったかと反省していると、古海がふとこちらを振り返った。
そして、ぽつりとつぶやく。
「……毎日、0時に更新するから。ちゃんと、読んでよね」
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