北沢古海の章 その6
毎日深夜0時になると、俺は家でベッドに転がりながら、スマホで古海のネット小説の更新をチェックするようになった。
そんな日々が一週間ほど続いた。
「か、感想は!?」
「お、おはよう……北沢」
毎朝顔を合わせる度、開口一番に古海はそう聞いてきた。
もちろん、話を聞かれないよう人気のない場所に連れていかれてるのだが。
「リサがループする平行世界から脱出するところとか、面白かったぞ。あれだよな、また別の平行世界が出てくるんだっけ」
「そ、そう……! あとこれから時間が逆に進む平行世界と、重力が真逆になっている平行世界と、未来の記憶が見える平行世界と、現実と虚構が入り混じった電子空間上の平行世界が出てくるんだけど――」
マシンガンのごとく古海の語りは途切れない。
こんな一面があるとは、教室で派手なギャルがいるなぁと思ってぼんやり眺めているときには想像もしなかった。
相変わらず、ところどころ日本語がおかしかったり、内容が壮大すぎて付いていけないところは多かったが、それでも、これが好きでこれを書きたいんだろうという強い情熱は、はっきりと伝わってくるような作品だった。
「好きなんだな、書くの。俺にはできないし、すげえなって思うよ」
「なっ……べ、べつにすごくなんかないし……」
古海は癖なのか、ときおり金髪の毛先を指先でいじっている。
ふと、気になったことがあった。
「そういえば、最近はあんまテレポートしてないのか?」
「え? あー……そーいえば、そうかも。なんでだろ」
古海の青春虚構具現症である“突発性テレポート”は、古海の意思とは無関係に起きてしまうものだった。
だが、古海は言われてようやく思い出したような反応だった。
本当に、ここ最近は起きていないのだろう。思い当たる理由もないようで、首をかしげている。
原因は皆目見当つかないが、良い兆候だと感じた。
そもそも青春虚構具現症について、すべての謎を明らかにすることは難しい。
だからこそ、現実でどういう変化が起きているのか、それ自体がなにより重要だった。
良いニュースのはずだが、なぜか古海の表情は曇っていた。
「…………はぁ」
「北沢? 何か、困ってるのか?」
「あ、ううん。べつにテレポートすることについてじゃなくてさ。アタシの小説……神波が読んでくれて感想くれるのは嬉しいんだけど……結局、たいして読まれてないんだよね。増えたPVも自分と神波が回してるだけだろーなって。ちゃんと毎日更新してるのに……なんでなんだろ。一応、ランキングに乗ることを目指してるのに」
「それは……」
俺は言葉に詰まった。
たしかに古海の小説は個性的だが、お世辞にも文章が読みやすいとは言えないし、とっつきにくい内容であることは、俺自身も感じていた。
かといって、古海の好きが詰まったそれを、否定することは気が引ける。
「毎日がんばってんのに……なんか、ムカつく」
「北沢……」
「あ、ご、ゴメンね、愚痴っちゃった。とにかく神波が見てくれるなら、ちゃんと書き続けるから。まだ五十話だけど、序盤中の序盤だかんね」
「そ、そうなのか」
想定以上のスケールとボリュームの物語だったらしいことに驚愕しながらも、俺はさきほどの古海の曇った表情のことが、心に残っていた。
*
休日を挟んだ数日後の朝。
登校して古海と顔を合わせると、いつもとは様子がちがった。
興奮した様子で、その足取りは弾んでいた。顔には隠しきれない笑顔がこぼれている。
いったい、何があったのだろうか。
「神波! 見て見てこれ!」
古海はそう言うと、俺にスマホ画面を突き出した。
そこには古海が小説を載せている投稿サイトの、日間ランキング、というページが表示されている。
いつも俺は、ブックマークした古海の作品しか読んでいないので、ランキングというのをちゃんと見るのは初めてだったが、すぐに驚くべきことに気づいた。
1位:『JK銀河英雄譚』 作者/電脳ウサギ
見覚えのある名前が、そこに堂々と記されていた。
「土日にまとめて書いたやつ昨日の深夜に更新したら、ランキング1位になったの! めっちゃすごくない!?」
俺は唖然としすぎて、言葉が出てこなかった。
念のため、自分のスマホからもログインして見てみたが、古海の作品とその名前が表示されていた。間違いではない。
「実はね、文章とか展開とかイケていないって思ったから、最初から書き直してみたんだ。そしたら急にめっちゃ読まれるようになって、フォロワーも一気に500人くらい増えたし、通知やばいんだけど。今でも胸ドキドキしてるし……やっとアタシの努力が報われたって感じ?」
古海は饒舌に語り、全身で喜びをあらわにした。
俺はまだ、状況に理解が追い付いていない。
「って、なんか言いなさいよ神波」
「あ、ああ……すごいな、ほんとに」
「ってわけで、今日からはランキング常連目指すからね。あ、しばらくはまとめて書いてあげるようするから、今のうちに生まれ変わったアタシの作品、ちゃんと読み直しといてよ。じゃね~♪」
古海は慌ただしく教室に戻っていった。
俺は驚きに飲まれながら、自分のスマホで、書き直したという古海の作品を開いてみる。
つらつらと目をで文章を追っていくうちに、驚愕した。
まるでプロの作品のように、綺麗で読みやすい文章に直っている。
ほとんどセリフばかりだったはずの文章には、しっかりとそれ意外の地の文も書き込まれていて、日本語として怪しい部分や、漢字の使い方の間違いなども、ほとんど見当たらない。
作品の情報を確認してみると、これまでに書かれた文字数は、ゆうに二十万字を超えていた。
これを土日の間に、すべて書き直したというのだろうか?
果たして、そんなことができるのだろうか。
「どうなってんだよ、いったい……」
喜ばしいことのはずなのに、古海の笑顔とは裏腹に、俺の胸には言い知れぬ不安が広がりはじめていた。
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