追憶の断章 11ヵ月前

【約11カ月前】


「ありゃりゃあ~こりゃまた大事件だねぇ」

 

 俺と澄御架は、屋上から校庭を見下ろしていた。

 澄御架が難しい顔をしながら身体と頭をくねらせる。


 階下の校舎内はいま騒然となっている。当然だ。

 この光景を目の当たりにしている俺も、言葉を失っていた。


「どう、なってんだよ……」


 校庭が、

 

 おそらく学校中にあるすべての机と椅子が、一夜にして運び出されていた。

 今朝登校した生徒たちは、がらんどうとなった自分たちの教室に遭遇し、教職員ともどもなす術もなく立ち尽くしていた。

 

 誰かのイタズラ、にしては規模が大きすぎる。

 そもそも、誰にも気づかれず、学校中のすべての教室から机を一晩で運び出すなんて芸当が簡単にできるとは思えない。


 では、目の前に広がっている光景は、いったいなんなのか?


「これも……鑑先生の言っていた、青春虚構具現症ってやつせいなのか?」


「そう。これは誰か願いによって引き起こされている。スミカたち1年4組の生徒の誰かによって」


 澄御架はまるで名探偵のように落ち着き払って答えた。

 いったい、どんな胆力が備わっていればこの異常事態を前にしてそんな言動ができるのだろうか。


「社。スミカはその誰かを突き止めないといけないんだ。きっとその彼、あるいは彼女は、悩みを抱えているはずだから」


「な、なんでそんなことがわかるんだよ?」


「今朝のクラスのみんなを見た? みんな、自分たちの机が、自分たちの教室が教室として機能しなくなって、居場所がなくなっていたよね。それを望むということはさ、その彼または彼女は、元から教室に居場所がないんじゃないかな」


「教室に……居場所」


「みんな自分と同じになってしまえばいい。スミカは、そんな気持ちを感じたよ。だから……このままにはしておけないよ」


「そりゃあ……そうだろ。これじゃ、まともに授業も受けられないし、みんな困ってるだかろうからな。そいつを特定して、問い詰めて……」


「ふふっ、ちがうよ。社」


「え?」


「スミカは、その子のことを助けにいくんだよ。

 だって、同じクラスメイトなんだから」


「助ける……?」


「そう。そうしないと、せっかくの高校ライフを楽しめないないでしょ?」


 こんな異常事態にもかかわらず、澄御架は穏やかに微笑んだ。


 その全身からは、あり余るエネルギーが溢れ出ている。

 その瞳には、世界と向き合う強靭な意志が秘められている。


「手伝ってくれるかね、ヤシロン君」


「俺に……なにができるんだよ。っていうか、変な呼び方はやめろ」


「にははっ、社は自分のことを過小評価しすぎなのではあるまいか。

 スミカだけじゃ助けられないこともあるよ。だから」


 澄御架は俺に手を差し出した。

 いつだったか、寒空の橋の上で見知らぬ人間にそうしていたのと同じように。


 自分にできるかなんてわからないまま、俺は小さく頷いた。


 霧宮澄御架という少女のことを、今の俺はまだ十分に知らない。

 

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