北沢古海の章 その1
特になんの進展もないまま、一週間が過ぎた。
「こんなところで何をさぼっているんですか、社さん」
昼休み、学校の屋上でぼうっと景色を眺めていると、閑莉がやってきた。
最近わかったことだが、こいつは俺の居場所を特定することにかけては超能力的な勘の良さを発揮する。本当に探偵にでもなればいい。
「なにか手がかりはありましたか?」
「九十九里の方こそどうなんだよ」
「メールで定期報告をしている通りですが」
「報告? ああ……あのスパムのことか」
「特に私は無差別に送っているわけではありませんが……」
この前閑莉にメールアドレスを聞かれて以来、毎日深夜0時きっかりに送られてる簡潔な文字の羅列が脳裏に浮かんだ。
「あのな、『特筆すべき事項なし』なら、律儀に報告なんてしなくていい。俺はお前の上司でもなんでもないんだからな」
「? はい、勿論その通りです」
人形のように整った顔立ちが、不思議そうに首をかしげる。
閑莉と話していると、ときどき人間と会話している気がしなくなる。
ちなみにこういった態度は俺だけというわけではないらしく、転校早々閑莉はクラスでも浮いていた。充実した青春の日々、というものにまったく興味がないらしい。
これだけ顔立ちが良いのに残念な少女だった。
「青春虚構具現症は、突如なんの前触れもなく現れる、そう聞いています。
だれがそれを引き起こすのか、どんな“異能”を発揮するのか」
「異能とか言うな。ラノベじゃあるまいし」
「いずれにせよ、その現象に遭遇しないことには、特定も解決も始まりません。引き続き、私は目撃者の調査と情報収集にあたります」
閑莉は淡々と報告すると、校舎内に戻っていった。
大きなため息が出る。
やはり、消極的ながらも協力の依頼を了承してしまったのは失敗だったかもしれない。と、早くも俺は後悔しはじめていた。
この探偵まがいの活動の進展がないから、ではない。
むしろ、進展などない方がいいのだ。
目の前で消える女子生徒がいる。
そんなバカげた現象が、真偽を確かめようもない噂のままであれば、どれだけ良いか。
青春虚構具現症は、その非現実性によって、日常を破壊する。
力を発症した本人も、その周囲の人間関係も、なにもかも巨大な渦のように巻きこんで。だから恐ろしい。
だから澄御架は、それを全身全霊で解決した。
クラスメイトひとりひとりに向き合い、ときに衝突し、それでも決して諦めず、希望を失わず。
「……なあ、霧宮。俺たちは、どうすりゃいいんだよ」
今度こそ、絶望的なため息が出たときだった。
「――――――……ぃてどいてどいてぇ~~~~!!!」
切迫した悲鳴が頭上から聞こえた。
ん? と空を見上げた俺の上に、人間が降ってきた。
刹那、死を覚悟する。
反射的に伸ばした腕で、その人間を受け止める。
だが重さと勢いを殺しきれず、俺はそのまま倒れ込みながら尻もちをつき、背中を打ちつけた。
鈍痛に悶絶し、肺から空気と一緒に苦悶の声が漏れた。
「だ、大丈夫か!?」
俺に覆いかぶさった人間が、切迫した声を上げた。
目と鼻の先に、女子生徒の顔がある。
ゆるくウェーブのかかった金髪に、派手めのメイク。制服のリボンはルーズにゆるめられている。恐怖に染まった感情豊かな瞳は、閑莉とは正反対の、まっとうな10代の少女のものだった。
俺はその顔に、見覚えがあった。
「あー…………? 北沢……さん、だよな」
同じ2年4組の女子生徒。
まだ新しいクラスになって1ヶ月も経っていないため、若干うろ覚えだった。
北沢、古海。確かそんな名前だった気がする。
憶えていたのは、彼女がクラスでも派手な――いわゆるギャルという見た目だったから印象に残っていたというのもある。
北沢さん――古海はこくこくと激しくうなずいた。
「マジゴメン! 怪我してない!? せ、背中とかめっちゃ打ってたし! 背骨砕けてないよね!?」
「あ、ああ……そしたらたぶん生きてないから大丈夫だとは思うけど……」
「ほんと!? い、いちおー見して!」
テンパったままの彼女は、俺の上から降りることも忘れ、抱きつくようにして俺の背中に手を伸ばす。
そのときだった。
「社さん、朗報です。消える少女について、たった今新たな目撃情報が――」
屋上に戻ってきた閑莉が、俺と俺にまたがった金髪ギャルを前にして、一瞬で硬直した。永遠とも思える時間が流れる。
硬直がようやく解けた閑莉は、なぜかスマホを取り出してカメラのレンズをこちらに向けた。
カシャリ。
「おい! な、なんで今撮った!?」
「犯行現場の証拠として」
「なんの犯行だよ!?」
立ち上がって詰め寄ると、閑莉はこれまで以上に冷たい視線送りつつ、俺から距離をとった。尻も背中も痛いし、散々だ。
「あー……あの、なんか邪魔した? それじゃアタシ行くね! ほんとマジゴメンね~!」
俺が閑莉にスマホの写真を消すよう要求していると、その間に古海は足早に立ち去って行った。
「……ん?」
「どうしたんですか、社さん。自首するなら付き添いますが」
俺は閑莉の妄言もスマホのことも忘れて、その場で固まった。
強烈な違和感が、遅れてようやく沸いてくる。
その当たり前の疑問を、ぽつりと口にした。
「彼女――どこからこの屋上で、どっから落ちてきたんだ?」
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