九十九里閑莉の章 その2
「昨日の件だけど、断る」
翌日の朝、登校して開口一番、俺は九十九里閑莉にそう告げた。
閑莉は自分の席に腰を下ろしたまま、驚くでもなく、透明感のある瞳でまっすぐ俺の顔を見上げた。
「どうしてですか、社さん」
「なんで名前呼び……いや、ともかく。変な探偵ごっこかなにか知らないけど、俺にはそんなものに付き合う理由なんて、微塵もないからな」
「私は社さんを犬扱いはしません。安心してください」
「そこ心配してねえよ! っていうか、なんで上から目線なんだよ……」
閑莉は不思議そうに首をかしげた。昨日の件もそうだが、やはりこの女、だいぶおかしい。高二の女子にしては……というより、人間としてなにかが欠落しているとしか思えない。
「霧宮のなんたらを探したいなら、自分でやればいいだろ。俺を巻き込むな。俺はあいつのなんでもないんだからな」
「ですが、私には社さんしかいません。見捨てないでください。段ボール箱に捨てられた子犬を助けると思って」
「犬はお前じゃねーか!」
表情ひとつ変えず淡々とすがってくる閑莉が、だんだんと怖くなってきた。
俺はこれ以上話しても無駄だと思い、閑莉に背を向けた。
チャイムが鳴り、担任が入ってきて、朝のホームルームが始まる。
立ち上がたったとき、ふと視線を感じると、閑莉と目が合った。
協力なんてするものか。
俺は感情を押し殺し、閑莉にこれ以上近づいてはならない、と自分を戒めた。
*
【楠木高校七不思議。消える女子高生】
そんな見出しとともに、1枚の写真がSNS上に上がっていた。
写真には、学校の階段の踊り場で、残像のようにぶれまくった被写体が映っている。確かに消える直前のように見えなくもない。
「……なんだよ、これ」
ネタにしても面白くもない。これが学校専用のローカルSNSでなければ、誰ひとりとしてイイネひとつ押すこともないだろう。
だが俺の前の席でたむろしている男子連中は、ちょうどその話で盛り上がっていた。
「社さん、事件です」
背後から無遠慮にかけられた声に、俺は心のなかで天を仰いだ。
なるべくゆっくりと、嫌々振り返った。
「……なにか、用か?」
「社さんは、学内SNSの今朝の投稿は見ましたか? 急上昇ランキング1位のやつです」
「見てない」
「今社さんのスマホの画面に映っているそれのことです。実はその記事ですが、興味深いことに、ただの面白可笑しい捏造画像ではないようなんです」
閑莉は淡々と俺の発言を無視して、後ろからひとりの女子生徒を連れてきた。
知らない顔。どうやら他のクラスの生徒らしい。なぜか俯き勝ちで、体調がすぐれないのか、顔色が悪いように見える。
「話が見えないんだけど……ってか、そっちは……」
「彼女は2年3組の生徒です。今朝、廊下でスマホを手にこわばわった顔で立ち尽くしていたので、事情を伺ったところ、その記事の内容に心当たりがあるそうです」
「心当たり、ってなんだよ」
「彼女も、消える女子高生を見たことがある、と」
閑莉の言葉に、連れてこられた女子がびくりと肩を震わせた。
渋々話を聞くと、彼女は昨日の放課後、校舎内を歩いているとき、突然前を歩いていた女子が消えたようにいなくなった場面を目撃したらしい。
突然のことだったので、相手の特徴もあまり覚えていないと。ただ、上履きの色から、二年生であることは間違いないらしい。
二年生……か。
とにかく見失ったのではなく、本当に消えたのは間違いない、と彼女は震える声で、繰り返し俺たちに訴えた。
と、そこでさらに体調が悪くなった様子の彼女に、とりあえず保健室を勧めた。
それを見送って教室に戻ってくると、閑莉が話の続きを始めた。
「彼女は嘘を言っていません」
「例の、お前の特技か? 人の嘘を見抜けるっていう」
「はい」
あまりに堂々と頷かれたので、俺もだんだんと閑莉の眉唾な言葉を、ひょっとして信じてもいいような気さえしはじめていた。
「青春虚構具現症、の可能性はありませんか?」
閑莉が、その言葉を口にした。
一方、俺は黙々と席に座って、机から教科書とノートを出す。
ふざけたことを言うな、と内心腹立たしかった。
まだ真面目に予習復習でもしていた方がマシだ。
あれは、1年4組でしか起きないものだ。
そして、すべてを澄御架が解決した。
「私はそれに直接遭遇したことはありません。ですが、あの話はそれに該当する可能性があるように感じました。この学校のなかでのみ起きる、不可思議な現象。去年、それに直面していたあなたたちなら、わかるはずです」
「……」
「私はひとりでも、事件の真相を探ります」
「……どうして?」
「事件を解決するために、澄御架の後継者が現れるかもしれません」
澄御架の――英雄の後継者。
そんなものが、都合よく現れるとは思えない。
だが、閑莉は自分の推測を、馬鹿げているとは思っていないようだった。
教科書を開いたまま、俺の手は止まっていた。
もう二度と、教室での面倒で、非現実的なゴタゴタはご免だった。
なんてことない当たり前の日常が失われることの苦しさを、俺たちは嫌というほど味わった。
二度と繰り返したくはない。
何か、俺にできることがあるだろうか。
英雄の付き添いですらなくなった、ただの一般人の俺に。
澄御架なら、こんなときなんて言うだろうか。
あいつなら――どう行動するのだろうか。
俺は開きかけていた教科書を、深いため息とともに静かに閉じた。
「社さん?」
「ただの一般人を、あんまりアテにするな。それが、手伝う条件だ」
そんな情けない言葉を、俺は開き直って口にした。
せめて、かつて英雄だった少女の忠犬らしくと、自分に言い聞かせながら。
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