英雄が死んだ教室で、誰がその跡を継ぐのだろうか
来生 直紀
プロローグ
思えば最初に出会ったときから、
空気が冷たく澄みわたる十二月、寒空には普段よりもひときわ強く煌めいた星々が浮かんでいる。俺は白い息を吐きながら、通っている中学校からの帰り道にあるつり橋を自転車で通過していた。
放課後のいつも通りの日常が、その日は少しだけ違った。
前方の歩道に、誰かの自転車が無造作に倒れていた。
人がいる、とすぐに気づいた。
制服にコートを羽織った女子中学生らしきひとりの少女が、橋の手すりに大きく上半身を乗り出し、両腕でスーツ姿のサラリーマンらしき男性の腕を掴んでいた。
「――――え?」
頭が真っ白になる。
真下を流れる一級河川までは、十数メートルの暗闇が広がっている。そしてこの気温。落ちたらただでは済まない。
やばい。
助けないと。
ようやく脳が指令を全身に発する。
だが駆け寄ろうとして、俺がようやく一歩を踏み出した瞬間だった。
「ぬおんどりゃああああああああああああああ!!!」
女子中学生が、吠えた。
サラリーマンが宙を舞う。
世界のすべてが、スローモーションに流れた。
男性は勢いのまま歩道に投げされる。女子中学生も後ろにひっくり返って転がりつつも、アクション映画のスタント役のように綺麗に受け身を取って着地。10点満点。
制服のスカートがふわりとはためく。
謎の身体能力お化けの女子中学生が、制服の汚れを払いながら、サラリーマンの男性に近づいた。
神秘的な微笑を称え、男性に手を差し伸べる。
「死ぬのは今日じゃない方がいいよ、おにーさん」
まるで一枚の絵画のような光景だった。
俺は最初から最後まで、突然そこに出現した非日常に見とれていた。
いや、正確には彼女自身に。
きっと彼女は、俺の見ていない、誰も知らないような場所でも、いつもどこかで、誰かを救っているに違いなかった。
そういう人間のことを、「英雄」と呼ぶのだろう。
彼女が――霧宮澄御架が、立ち尽くしている俺に気づいた。
「きみも、なにか困ってるの? よおし、お姉さんが聞いてしんぜよう」
あのとき澄御架は調子づいて年上ぶったが、実は同い年だとすぐに判明する。
翌年の春、俺たちは高校で再会したのだ。
それから俺と澄御架は、まるで嘘のような、謎と非常識と、危険に満ちた学校生活を送ることになった。
青春虚構具現症という、非現実的な現象を巡る数々の事件。
崩壊しかけた日常に、英雄とただの凡人が立ち向かった日々。
俺は嫌というほど思い知ることになった。
当たり前の日常が、こんなにも簡単に失われるものだということを。
一度失われた日常が、こんなにも取り戻すことが難しいものだということを。
誰もが日常を諦めかけた。それでも、澄御架だけが諦めなかった。
ほんのちっぽけな日常を取り戻すために、澄御架は全身全霊を懸けて戦った。
俺は、そんなあいつの手伝いをしたに過ぎない。
――ふむ、どうやら謎は解けたようだね、ヤシロン君
――チョコがないから一歩も動けない……。やしろぉ~~おんぶしてぇ~
――信じて。社なら大丈夫。スミカが導き出した答え、間違ったことないでしょ?
ああ。
目を閉じて耳を澄ますと、あいつの声が、今も鮮明によみがえる。
波乱万丈の1年間の学校生活が、大波のように押し寄せては遠くへ流れていった。
俺は、2年目の春を迎えようとしている。
これから語るのは、そこからの出来事だ。
だがそこに、澄御架の姿はない。理由は単純で明確だ。
なぜなら英雄は、もう死んでしまったのだから。
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