霧宮澄御架の章 その14
数日の間、俺は気の休まらない日々を送った。
澄御架が死んだことになっていた記憶や痕跡が消えてしまっていること。
昔のクラスメイトのことを覚えていない澄御架。
澄御架のことを疑った男子の存在が、消えてしまったこと。
それらの異常な現象にさえ目を瞑れば、日常は淡々と続いていた。
新たな青春虚構具現症も起きていない。
だが、現状の異常さを唯一覚えている俺からすれば、それを日常だと認めることはやはりできなかった。
だが今は、とにかく待つしかない。
休み時間、教室で呆けたように窓の外を眺めているときだった。
「――神波くんはいる?」
その姿を見ずとも、教室の空気が一変したのがわかった。
入口のところに、王園令蘭が姿を現していた。
そこにいるだけで場が華やかになる容姿と雰囲気を持つ令蘭に、男子も女子も揃って見とれていた。特に、去年クラスが違った生徒はなおさらだ。
閑莉を含めたクラスメイトたちからの視線が集まるなか、俺はすぐに席を立つと、令蘭のもとへと向かった。色々と囁く声が聞こえるが今は気にしはいられない。
人目を避け、俺は令蘭と使われていない空き教室に入った。
そこで令蘭は、持っていたA4サイズの封筒を、おもむろに俺に差し出した。
すぐにはそれがなんのかわからず、目を瞬かせた。
「頼まれていた、例の調査結果よ」
俺は驚き、言葉を失った。
「おまえ……どうして」
にわかには信じられなかった。
まさか本当に、令蘭が協力を請け負ってくれたとは。
なにせ、あのとき屋上での令蘭からのとんでもない要望は、結局果たさないままだったからだ。
「言っておくけど、これは去年の貸し借りとは関係ないわ」
「なに?」
「私が気にくわなかったから調べたまでよ。誤解しないでちょうだい」
令蘭は淡々と答えた。
そう言うからには、そうなのだろう。
こいつがわざわざ俺に対して嘘を言って取り繕う理由はなにもない。
だが俺にとっては僥倖だった。
まさか令蘭に助けられる日が来るとは、夢にも思わなかった。去年の俺に言って聞かせてやりたいほどだ。
「……恩に着る」
俺が礼を言って封筒を受け取ろうとすると、令蘭は強い力でそれを引き留めた。
「な、なんだよ?」
「先に言っておくわ。覚悟して見なさい」
それはまるで脅し文句だった。
俺は息を呑んで頷き、封筒を改めて受け取った。
中身を出すと、そこには数枚の書類や、古い写真らしきもののコピーがあった。
そこに書かれていたのは、彼女の名前、出生地、家族構成。
書類に書かれていた内容を目で追った俺は、愕然とした。
「そう……だったのか」
令蘭の言葉の意味を、理解する。
まさかこんな事実が隠されていたとは。
だがそうであれば、この状況も納得できる。説明がつく。
「いったい、これはどういうことなの? なぜあの女は素性を隠していたのかしら」
「それは……わからない。だから、はっきりさせる必要がある。
そして、この間違った状況を、訂正する」
「はぁ……?」
令蘭は激しく眉をひそめた。理解できないのも仕方がない。
きっと、これは俺の役目なのだ。
なぜかは知らないが、唯一、今起きていることが異常だということを知っている俺に与えられた役割だ。果たさなければならない。
「王園」
「なによ」
「ありがとう」
俺が素直に礼を口にすると、めずらしく、令蘭がきょとんとした。
いつもは張り付けたような優等生の笑顔か、もしくは剣呑な素の表情ばかり見ているので、そういう顔だけ見ていれば本当に非のうちどころない美少女に見えた。
とにかく、俺がやることは決まっている。
あのふたりと話すことだ。
*
放課後、俺は2年4組の教室で、待ち合わせをした。
幸い、他のクラスメイトたちは部活やら帰宅のためもう残っていない。
しばらくすると、呼んだうちのひとりの女子生徒が姿を現した。
「どうしたの、社? まだ帰らないの? 居残り? 困ってるならこのスミカお姉さんが手伝ってあげようじゃありませんか」
「べつにそういうんじゃない。もうひとりくるから、ちょい待ってくれ」
「ふーん? なんかよくわかんないけど」
澄御架は相変わらず、不可解な状況に対しては慣れていた。
まもなくして、待っていたもうひとりが、遅れて教室に入ってきた。
「社さん。私になにかご用ですか?」
九十九里閑莉が教室の入り口に立つ。
近くの机に腰を下ろしていた澄御架がひらひらと手を振って迎えた。
これで、役者は揃った。
俺は覚悟を決めて、二人に向き合った。
「大事な話がある」
「なになに? もしや学校前のコンビニで新作ガトーショコラが発売されたとか……!?」
「世界をおまえの基準で考えるな。もっと、大事なことだ」
「そ、それより大事なことなんていったい……」
澄御架はわなわなと手を震わせているが、残念ながらこいつの小ボケに付き合っていられるほど悠長な状況ではなかった。
自然と拳に力がこもる。
俺は目をつぶって覚悟を決めると、顔を上げて閑莉を見た。
「社さん、どうしたのですか? 怖い顔をして……」
俺はふたりに――正確には、閑莉に向かい合って言った。
「聞いてくれ。今起きている青春虚構具現症――その発症者は、おまえだ。
九十九里」
閑莉はその大きな瞳を見開き、呆然とした表情で俺を見つめ返した。
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