第23話 おおらか

 女の子と並んで湯船に浸かる。男の子なら一度と言わず何度でも夢見る展開だ。

 そして、僕は今、その夢の中にいる。

 しかも、その女の子はとびきり可愛く美しい。


「……ずっと顔を逸らすの、疲れませんか?」

「これくらいは、別になんとも」


 隣に美少女がいて、見たければ見て良いと言われているが、僕は精一杯顔を背けている。見てしまったら、もう取り返しのつかないところまで行ってしまいそうだ。


「本当に、どうやってあんなにたくさんの女神様を描いたんですか? 女性の裸を見たことがないと描けないでしょうに」

「……僕の世界には色々と秘密があるのだよ」

「ふぅん。まぁ、無理矢理詮索するつもりはありませんけどね」

「それはどうも」

「……ちなみにですが。アヤメ様は、モデルなしでもどんな絵も描けてしまうのですか? この三日間は、想像力だけで描かれていましたけど」

「全然そんなことはないよ。むしろ、普段は資料になる本を何冊も見ながら描いてる」

「本を、何冊も……? お金持ちなのですね」

「え? そうかな?」


 資料とする本は、一冊で二千円から五千円程度。確かに安くはないが、お金持ちと言われるほどではないよな? 両親も絵を描くから、それを貸してもらっているというのもあるし……。

 あ、そうか。


「こっちでは、本が高価なのか。製紙技術も印刷技術も発展していない」

「ええ、本は高いですよ。一冊で数十万エンはします」

「……高い。こっちでは五千円で買えるよ」

「五千エンで本が買えるのですか?」

「うん。もっと安いのもたくさんある」

「……すごいですね。あまりにも文化レベルが違いすぎます」

「正直、数百年分くらい違うと思う」

「……布教活動より、アヤメ様の知識を売る方がお金になるかもですね」

「国中が大混乱だろうけどね」

「……ですね。それは控えておきましょう。それはそうと、モデルは、いた方がいいんですよね?」

「うん。それは、そう」

「なら、まずはわたしをモデルとして使ってください」

「……ありがとう。キャラクターデザインじゃなくて、絵を描くときはすごく助かる」

「ヌードモデルとしても、たくさん使ってくださいね?」

「ぶふっ。い、いや! そこまではしないっていうか、大事な部分は隠れてても描けるから大丈夫! そもそも、礼拝堂の絵でヌードなんて描かないだろ!?」

「え? 描いてくださいよ。女神様の絵なんですから」

「……ごめん、ちょっと意味がわからない」


 礼拝堂でしょ? 神聖な場所でしょ? 女性のヌードもありなの? 


「えっと……何がわからないのでしょうか?」


 スフィーリアが心底不思議そうにしている。僕がおかしいのか?


「……ルキアルト教って、女性のヌードを礼拝堂に描いてもいいの?」

「え? 女性のヌードはダメですよ?」

「……はい?」


 女性のヌードはダメらしい。え? じゃあ、礼拝堂にヌードなんて描けないよね? 僕、間違ってる?


「えっとですね、ルキアルト教では、女性のヌードを描き、公の場に出すことは禁じられています。猥褻なもので人心を惑わしてはいけないんです。

 まぁ、こそっと描いて身内だけで見せ合うくらいなら、お咎めはありませんが」

「……僕、めっちゃ描いてるよ?」

「だって、あれは女神様でしょう?」

「ううん?」

「人間の女性のヌードは描いてはいけません。でも、女神様のヌードは描いても問題ありません。女神様のヌードは猥褻なものではなく、美しく尊いものですから」

「……何その基準」

「アヤメ様の国では違うんですか?」


 う……。もしかして、ここで違うと答えたら、僕が特に女神様の絵を描いていたわけじゃないとばれるのか? ただただ女の子の裸を描く変態だと思われるのか?


「え? ええと……僕のお国事情はさておきだよ。とにかく、女神様だったらヌードでも問題ないから、礼拝堂に描いても良い?」

「ええ、そういうことです。だから、今回もたくさん描いてください。その方が人も集まります」

「……その集客が正しいのかはわからないけど、うん、スフィーリアが描けって言うなら、描くよ」


 この世界、何か妙な誤魔化しがなされているようだ。女神様なら描いて良いって、エロを描くための抜け道みたいなものだよね? 信者をエロで釣っていいのか?

 ……いいのかもしれない。宗教は人間の欲望を制御することを主眼にしているイメージがあるけれど、ルキアルト教はそうでもないっぽい。きっと、根本的な成り立ちとか、宗教の捉え方が違うんだろうな。


「たくさん描いてくださいね。わたしもモデルとして協力します」

「いや、それは……えっと……」

「モデルがいた方が良いのでしょう?」

「……うん」

「では、決まりですね!」


 決まってしまった。リアルの女の子をモデルにヌードな女神様を描く……。正直わくわくしてしまうけど、非常に気まずいぞ。


「……ルキアルト教って、不思議な宗教だな。ちなみに、こっちでは、女性のヌードと女神様のヌード、どうやって見分けてるの?」

「基本的に、ヌードで描かれれば全て女神様を現します。強いて違いを挙げるなら、女神様には陰毛がありません」

「ぶふぅ」


 そ、そこなのか。あー、うん、僕、確かに陰毛描いてないわー。描くの大変だし、なんか気が引けるし……。


「あと、女性器をあまり生々しく描くのも禁止されていますね。さらっと割れ目を描く程度なら大丈夫です。女神様だってセックスはしますし、そこに何もないかのように描く必要はありません」

「……そ、そうなんだ。わかった」


 感覚が違いすぎてびっくりする。でも、確かに日本にも色々あるもんな。女陰銭とかなんかの検索で引っかかったことあるし、男根の祭りとかもある。

 一時期のキリスト教が異常なまでに禁欲的だっただけで、宗教イコール禁欲を意味するわけじゃない。


「ルキアルト教って、おおらかな宗教なんだなぁ……」


 そのおおらかさは僕の性格にあっているかもしれない。

 戒律を守れ、欲望を捨てろ、的なものだったら、僕はついていけなかっただろう。


「そうかもしれませんね。

 ただ、特に、テラミリス王国の北西部にあるギガンディア帝国では、かなり戒律の厳しい宗教が国教となっているそうです。噂では、男女の性的な交わりは、子供を作るとき以外一切禁止だとか」

「うわー、それは辛い」

「実態は知らないので、あくまで噂ですけどね。……そして、辛いという感想が漏れたということは、アヤメ様は、子作り以外での性的な交わりを望んでいるということですよね?」

「そ、それは、そう、だけど?」


 スフィーリアの雰囲気がどこか不穏になってきた。僕の手を取り、引き寄せる。

 何をしようとしている!?


「……わたしは、今からでもいいんですよ?」

「ちょ、ちょっと! 冗談はやめて!」

「冗談じゃありません。けど、もう我慢の限界じゃないですか? 交わりとまではいかなくても、お手伝いしましょうか?」

「い、いいから! っていうか、スフィーリアって本当に未経験!?」

「そうですよ。わたしは全て知識として知っているだけです。だからこそ……実際に試してみたいという好奇心もあるんですよ?」

「ダ、ダメだから! 僕の国では、付き合ってない男女の性的な関わりは禁止されてるから!」

「アヤメ様は無宗教でしょう? 誰が禁止しているんですか?」

「え、ええと……」


 誰も禁止してないな。うん。なんとなくいけないことだと刷り込まれているだけで。


「遠慮しないでください。わたし、本当にもっとアヤメ様と仲良くなりたいんですよ?」

「うう……」

「我慢、しなくていいんですよ?」


 最後に耳元で囁かれて……僕の理性は、一時撤退を余儀なくされた。

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