第25話 ラフ

 礼拝堂の中央付近に設えられた椅子に座り、ノート開いてシャーペンを持つ。

 僕の隣にはスフィーリアが座った。


「……僕、宗教画には全然詳しくないんだけど、一般的にはどういうものを描くのかな?」

「そうですねぇ……一般的には神話の印象的なワンシーンを描くものですけど、アヤメ様のお好きなように描いてくださって構いませんよ」

「え、僕の好きなように? そんな適当でいいの?」

「適当にというより、アヤメ様が全力を出せる題材で描いていただきたい、ということです」

「……なるほど」

「ただ、請け負う側としてはこんなふわっとした依頼では困りますよね。んー……まずはこうしましょう。

 わたしはわたしでイメージするものがあります。でも、その前に、アヤメ様の感性で簡単な下書きを描いていただけませんか? わたしの貧弱な想像力に阻害されない、アヤメ様の生の感性を見てみたいのです」

「貧弱って……。僕よりも神話に詳しいし、想像力は豊かだと思うけどなぁ」

「それでも、わたしは絵については素人なのです。素人が余計な口出しをしすぎると、大抵は失敗するものですよ」

「……プロに自由にやらせすぎても、案外失敗するものだけどね」

「そうなんですか?」

「うん。プロって、その道を突き詰めすぎるからこそ、一般の人と少し感性がずれてしまうことがある。自由にやると、自分だけの好みの作品になりがち」

「へぇ、そんなものですか」

「うん。だから、良い作品を作るには、プロの視点と、素人の視点、両方あった方がいい」

「わかりました。では、わたしも素人なりの視点でものを言わせていただきますね」

「うん。頼む。それじゃあ、まずは僕だけで下書きを書いてみるよ」

「はい。お願いします」


 僕はノートに思いつく限りのラフを描いていく。

 神様たちが綺麗に見えて、礼拝堂としても見栄えがする図案を、練っていく。

 宗教画だということも忘れず、スフィーリアから聞いた神話の中で、印象的なシーンも切り取るようにする。

 色んな図案は浮かんでくる。でも、やはり僕はA4サイズ程度のイラストに慣れすぎていて、壁画なんていう巨大な絵を描くのに最適な図案になっている自信がない。

 何をどうすれば、巨大な絵としての見栄えがするのだろう? A4サイズであればキャラを一人置くだけでも良い絵を作れるけれど、壁画サイズでは一人だけ描いてももちろん見栄えがしない。大人数を描きつつ、それぞれが良さを引き立て合うような絵にする必要がある。


「……うーん、これだとやっぱりちょっと……」


 五柱を一枚の画面に納めてみたが、やはり壁画としては物足りない。

 参考になるイラストを、脳内検索。

 日本で見てきたイラストの中にも、一枚に大人数を描いている作品はあったはず。

 例えば、歴代のジブリキャラを勢ぞろいさせて一つの画面にぶち込むような作品もあった。そういうのが参考になりそうだな。

 思いつく限り、多様なラフを描いていく。

 だんだん楽しくなってきて、いくらでも描いていけそうに思ったところで、二十ページくらいあったノートを使い切ってしまう。

 神様たちのキャラデザをしてきた分とこれで、もうノートを切らしてしまった。後はこっちの世界の紙を使うしかない。持ってきていなかったから、取りにいかないと……と思っていたら、スフィーリアから紙の束が差し出された。


「どうぞ。お使いくださいませ」

「あ……持ってきてくれたの? ありがとう」

「いえいえ。わたしにできるのはこれくらいですから」

「あー、っていうか、僕の作業を見てても退屈じゃない? 他のことをしててもいいけど……」

「そんなことないですよ。アヤメ様が次々に色々な図案を描いていくので、それを見ているだけでも楽しいです」

「そう……。ならいいけど」

「ただ、そうですね。一つ言わせていただくと」

「え、うん」


 僕の図案はあまり良くなかったか?

 一瞬身構えてしまったのだけれど。


「お風呂に入っているときも申し上げましたが、女神様のヌードは積極的に描いてくださいね? もちろん、全員を全裸にしろというわけではなく、全体として見栄えがする形で、ですけれど」

「……ああ、うん」


 僕が先ほどまで描いていたラフは、基本的に全員着衣である。

 だって……ねぇ? 壁画のラフに、ヌードの女神様をほいほい描いていくのは少し気が引けるじゃない?

 けど……ヌードを交えるのが依頼人の発注内容だというのなら、それをしないわけにもいかない。

 根本的にアイディアを変えていかなければいけないかなとは思うけれど、色々なラフを描いたのは何も無駄にはならない。巨大な壁画を描くために試行錯誤したことは次に生かせる。


「それにしても……やはり、アヤメ様の絵は素晴らしいですね。簡単な下書きであっても、それだけでとても魅力的に感じます。壁画として見栄えがするものばかりではないかもしれませんが、全てきちんと描いていただきたいとさえ思ってしまいます」

「そ、そうかな……。そう言ってもらえると嬉しいよ」

「変にプレッシャーをかけたくはありませんが、壁画がどんなものになるか、今からとても楽しみです。歴史に残る大名作……となるかはわかりませんが、少なくとも、感動的な作品にはなるでしょうね」

「期待されすぎるとプレッシャーが……」

「ごめんなさい。余計な一言でしたね。わたしのことは気にせず、続けてください」

「ん……。わかった」


 それからも、僕はしばしラフの作成に励んだ。

 五里霧中感があって不安もあるけれど、新しいことに挑戦する楽しさもあって、僕はだんだんと夢中になっていった。

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