第2話 綺麗……!

「こほん。失礼しました。まさか本当に救世主を召喚できるとは思っておらず、取り乱してしまいました」


 ひとしきり僕を抱きしめた後、スフィーリアは我に帰って背筋を伸ばした。

 離れてしまったのは惜しいけれど、ようやく落ち着くことができる。


「えっと、救世主? 一体なんのこと? 僕、特別な力なんて何もないよ? 魔王とかそういうのと戦う力なんてないし……」

「魔王なんてこの時代にいませんよ? 戦う力は特に必要ありません。救世主というのもたとえにすぎないといえばそうです。

 そんなことより、アヤメさんは神絵師なのでしょう? 今はその方が重要です!」

「いや、その、神絵師ってのは……」

「是非、お力を買してください! お願いします!」


 スフィーリアが再び深く頭を下げてくる。どうやらのっぴきならない事情があるようだ。


「あの、場合によっては力を貸すのも構わないんだけど、でも」

「ありがとうございます! アヤメさんはやはりわたしの救世主です!」


 スフィーリアさんが、とびきりの笑顔を咲かせつつ、再び僕の手を両手でぎゅっと握ってきた。これは、あざといと言うべきなのだろうか。くそ、百万円単位で寄付金を払いたくなってきやがった。


「その、だから……」

「『神絵師』という大仰なジョブを授かるなど、元の世界でもきっと名のある絵師様なのでしょうね! その独特の出で立ちも、もしや王宮に仕える特別な者のみに許されているのでしょうか!?」

「……いや、あのね?」


 これはただの学生服で、全国の高校生の半分くらいはこんな格好をしているよ? 何も特別じゃないよ? っていうか、王宮とかないよ?

 説明したいのは山々だが、スフィーリアはなおもテンションが高い。


「アヤメさんがいれば百人力! 千人力! もはやわたしたちの前に敵はありません! 本当によくぞおいでくださいました!」

「……うーんと」

「ふふふふ。希望が見えてきました。本命のついでにで異世界人召喚に手を出してしまいましたが、これがまさかの正解でしたね……」

「あのー、スフィーリアさん?」

「あ、はい。すみません。また取り乱してしまいました」

「うん。あの、本当に申し訳ないんだけど……」


 急にスフィーリアさんの顔から血の気が引いた。


「わ、わたしの態度があまりにも無礼でしたか!? 『神絵師』様に向かい、あまりにも不遜でしたか!? 申し訳ありません! この通りですから、どうかお力をお貸しください!」


 スフィーリアが土下座の姿勢になった。この世界にも土下座の文化が? いや、違う。これは土下座じゃない。五体投地だ。

 そんなのはどうでも良くて。


「スフィーリアさん、やめて! 僕にできることなら力は貸すから! そもそも、僕はそんな敬われるような存在じゃないから!」


 神絵師なんて、地球上にもう何千、何万人といるのである。僕はその末席にちょこっと居座っている程度。こんな平身低頭される存在じゃない。


「ありがとうございます! ありがとうございます!」

「もう……いいから顔を上げてよ……」


 おそるおそる顔を上げるスフィーリアさん。膝をつきつつ微笑みかけると、ようやくほっとした顔で体を起こしてくれた。


「寛大なお慈悲を賜りましてありがとうございます」

「……これくらいで寛大扱いはちょっと。まぁ、いいや。えっと、とりあえず何がどうなっているのか、状況を知りたいな。いや、その前に、見てほしいものがある」

「なんでしょう?」

「えっとね……」


 僕はスクールバッグをまさぐって、十インチのタブレットPCを取り出す。イラストは主に家で描くのだが、外出先でも描けるよう、いつも持ち歩いているのだ。


「それは、なんでしょうか?」

「まぁ、見てて。僕の世界の……ある意味、魔法の杖みたいなもんだよ」


 タブレットを操作して、僕が普段描いたイラストを表示。桜を背景に、着物を着た美少女が艶やかに微笑んでいる一枚だ。オリジナル作品だけど、SNSに投稿したらかなり人気が出た。

 その画像を、スフィーリアさんに見せる。


「これが、僕の描いているイラスト。神絵師って言っても、その意味は……」

「綺麗……!」


 僕のイラストを見た途端、スフィーリアさんが惚けた顔になり、頬を上気させて……さらには、その頬を涙が伝った。

 ど、どういうこと!?

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