第3話 女神

「え!? ちょ、え!?」

「なんて、綺麗な絵……。やっぱり、アヤメ様は救世主で、神様に愛された絵師様なのですね……」

「お、大袈裟な……」


 僕の言葉など聞こえていないかのように、スフィーリアは僕のイラストに見入っている。

 本当に神様を目の前にしたかのようで、杖を床に置き、片膝をついて姿勢を正し、両手を組んだ。至極真面目に、僕の描いた萌えイラストに祈りを捧げている。

 ……何これ、どういう状況?


「これは、なんという名の女神様ですか?」

「名前は蓬莱茜ほうらいあかね……アカネ・ホウライかな。けど、女神様じゃ……」

「アカネ・ホウライ様。美の女神? もしくは、花の女神でしょうか?」

「……あのね、だからね」

「アヤメ様の世界では、実に麗しい女神様が信仰されているのですね……」


 スフィーリアさんがすっと目を閉じる。その様があまりにも真剣で、僕は余計なことを言えなくなってしまった。これは僕が作った妄想キャラだよなんて、このタイミングで言えるわけがない。

 しばし待つと、ようやくスフィーリアさんが祈りの姿勢を解く。


「素晴らしいものを見せていただきました。……ちなみに、もしや、他にも様々な女神様を描かれているのでは?」

「まぁ、それは色々描いてるけど……」

「是非、わたしに拝見させてください! お願いします!」

「いいけど……。っていうか、これ、好きに見ていいよ。横にスワイプすると、僕が描いた別の画像に切り替わるから」

「それ、わたしが触っても反応するのですか? 魔力の流し方に特殊なコツはいりませんか?」

「魔力とか全然必要ないから。触るだけで反応するよ」

「誰でも操れる魔法具……。便利なものですね……」

「本当は魔法具でもないんだけど……まぁ、とにかくどうぞ」


 スフィーリアさんにタブレットPCを渡す。相変わらずピンと背筋を伸ばし、神聖なものに触れているかのような雰囲気だが……もう何も言うまい。

 そして、僕の描いてきた美少女キャラたちを見て、スフィーリアははらはらと涙を流し続けた。

 正直、自分のイラストでそこまで心を動かしてくれる人がいるのは嬉しい。けど、スフィーリアは、僕が神様を描いていると思えばこそ、ここまで感動してくれているのだろう。

 僕が描いているのは、ただの人間の美少女。神様なんて大仰なものじゃない。スフィーリアの感動は、本来あるはずのないものなのだ。

 真実はいつ告げればいいだろう。っていうか、まだ自分の置かれた状況がよくわからない。スフィーリアは、僕に何をさせたいのか。

 うーん、と悩んでいると、スフィーリアの反応が変わる。

 目を見開き、ほぅ、と息を吐いて、妙にうっとりした顔つきになった。

 なんだろう? 不思議に思って画面を覗いてみたら……。

 素っ裸の美少女イラストが表示されていた。


「うぉあああああああああああ!?」


 とっさにスフィーリアからタブレットを奪い取る。しまった。普段は他人に見せることなんてないし、状況が特殊だったから、こういうイラストも入っていることを失念していた。


「な、なにをするんですか!? もっとよく見せてください!」

「ち、違うんだ! これは、その、えっと!」


 ダメだ。なんの言い訳も思いつかない。何かしら意味深なことを言って誤魔化せれば良かったのだが、エッチなものが描きたくて描いたとしか説明のしようがない。

 うう……。美少女と仲良くなれるのかも? と期待していたのに、こんな破廉恥なものを描いていると知られたら、即座に軽蔑されて……。


「アヤメ様! その素晴らしい絵をもっとよく見せてください!」

「え? す、素晴らしい……?」


 ただのエッチなイラストだよ? 男子ならともかく、女性に見せたら一発アウトなイラストじゃないの?


「今のは美の女神様でしょうか? それとも、愛の女神様でしょうか? あるいは、もっと別の何かでしょうか?」

「え、えっとー……?」


 困惑していると、スフィーリアが僕からタブレットを奪い取っていく。

 表示された素っ裸の美少女イラストをためつすがめつ見つめて、ほふぅ、と甘い吐息を吐いた。


「なんて艶やかで麗しい……。きっと美の女神なのでしょうね。美の女神は多々描かれますが、どんな絵画にも勝る素晴らしい一枚です……」

「……美の、女神?」


 ただの人間の女の子だよ? なんならモデルはうちのクラスの撫子花恋なでしこかれんさんだよ?

 それを女神と勘違いする? むしろ、神様の冒涜じゃ……?

 いや、待てよ。

 西洋絵画でも、素っ裸の女神なんてよく描かれている。『ヴィーナスの誕生』なんて誰でも知っているだろう。

 もしかして、この世界、あるいはこの国では、女神のヌードを描くのはごく普通のことなのか?

 僕の困惑などお構いなしに、スフィーリアは他のヌードなガールズのイラストも熱心に眺めている。そこにまるで嫌悪感はなく、ただただ神と遭遇した童女のような目をしていた。

 ……状況は不明。しかし、もしかしたら、この世界で僕にできることがあるのかもしれない。そんな気がしてきた。

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