神絵師って神様を描く絵師じゃないよ!? 本当に僕が礼拝堂の壁画描いちゃってもいいの!? ~聖女様に頼まれて異世界の女神たちを萌えキャラにしちゃった件~

春一

第1話 神絵師

 神絵師と最初に呼ばれたのは、僕が十四歳の時だった。

 ただ、当時の神絵師の意味は、『十四歳にしては素晴らしいイラストを描いている』という程度だったと思う。本当に世間で神絵師と呼ばれる人たちと比べれば、僕の実力なんてまだまだだった。


 あれから二年が経ち、少しは本当の意味での神絵師に近づけたとは思う。

 食事、睡眠、最低限の勉強、最低限の人付き合い以外は、絵を描くことに全てを捧げるような日々だった。

 それで得たものもあるし、得られなかったものもある。深い友情とか、恋愛とかは、僕が得られなかったものの代表だろうな。

 僕はきっと、このまま一生誰かと深い関わりを持つことなく死んでいくんだろう。


 そこまで考えていたのに、昨今では僕が積み上げてきたものを、AIが軽々と越えていく。今まで頑張ってきたのは一体なんだったのかと自問自答する日々。このまま絵を描き続ける意味なんてある? とか真剣に悩む。

 そんな風に過ごしていた、四月のある朝。


「……え?」


 登校のため、自宅マンションのエントランスに差し掛かったとき、突然床に不思議な魔法陣のようなものが浮かび上がった。

 淡く虹色に発光するそれはとても美しく、一瞬惚けて見とれてしまったのだが……一際強い発光があり、思わず目を閉じた。

 それから、光が収まった頃に目を開けたのだが……。


「……う、嘘!? 本当にできちゃった!?」


 目の前に、それはそれは美しい少女がいた。

 金細工のように繊細で麗しい背中まで伸びた金髪、サファイアの瞳、白磁めいた肌。清楚で優しそうな美貌は、見る者全てを恋に落としてしまいそう。すらりとした四肢に比べ、胸部の膨らみはなかなかのもので、視線がそこに固定されないようにするのが一苦労。歳は十五、六くらいに見えて、純白を基調とし、刺繍の施された清楚なローブがよく似合った。

 聖女か天使という言葉が似合う、人間離れした存在だ。なお、その手には魔法使いか司祭が持っていそうな豪奢な杖があり、ますます異質さを際だたせていた。


「え? え?」


 僕は夢でも見ているのか? さっきまで自宅マンションのエントランスにいたよね? 登校途中だったよね? 僕は確かにブレザーの制服を着ているし、鞄も肩に提げている。

 定番通り頬をつねったら普通に痛い。でも、目の前には途轍もない美少女がいて、そしてここは……教会? か何かだろうか? 祭壇らしきものがあるし、長椅子も並んでいる。ただ、教会というのはちょっと質素な印象か。特に装飾もなく、とりあえず場所だけ確保したという感じ。


「ごごごごごごめんなさい! まさか本当にできるなんて思ってなくて! 突然召喚されてびっくりされてますよね!?」

「しょ、召喚……? どういうこと……?」


 聖女、もしくは天使が、僕に向かってぺこぺこと頭を下げる。揺れる金髪が美しい。その胸部も……げふんげふん。


「ごめんなさい! これも先に謝ります! 異世界人の召喚なんてできるわけないと思ってましたから、元の世界に返す方法は全く調べてないのでわかりません! たぶん存在もしていません!」

「え? ええ? 異世界人の召喚……? ってことは、ここは異世界で……そして、帰る術はない……?」

「本当にごめんなさい!」


 再び深々と頭を下げてくる。そのまま地面に頭がついてしまいそうだ。いや、それは流石に大げさだけれど。


「ちょ、ちょっと、その……状況がよくわからなくて、とりあえず、わかってること、全部教えてもらえないかな?」

「わかりました! ごめんなさい!」

「謝罪はもういいから……。話が進まないし……」


 名前も知らない美少女が、様子をうかがうようにゆっくりと頭を上げる。

 僕は曖昧な微笑みを浮かべることしかできない。


「……怒って、ますよね?」

「うーん……今は怒るよりも混乱しかない」

「なるほど……。本当にごめんなさい。えっと、わたし、スフィーリア・リカルトって言います。十六歳です。あなたは?」

「僕は、四季綾雨しきあやめ。十六歳。名前を漢字で書くと……いや、漢字はわからないか。四季が名字で、綾雨が名前。アヤメ・シキって言った方がいいのかな」

「スフィーリアが名、リカルトが姓です。こちらでは、アヤメ・シキの順が一般的ですね。そして、姓よりも名で呼び合うことが多いです。

 カンジというのは、アヤメさんの国の文字でしょうか? わたしにはわかりませんね……」

「だよね。けど、文字はわからなくても、言葉は通じてる?」

「はい。異世界から召喚された人は、この世界の話し言葉を理解できるようになるそうです。でも、文字は学ばなければ読めないのだとか」

「へぇ……。まぁ、便利なことだ」


 言葉が全くわからないところからスタートするのは大変すぎる。

 仕組みは知らないが、この恩恵はありがたく受け取っておこう。

 ともあれ、突然の異世界召喚にはびっくりだが、スフィーリアさんは悪い人ではなさそうだし、そうそう悪い展開にはならなさそう。……だよね?

 早くも好奇心が沸いてきたところで、スフィーリアさんがそわそわしながら尋ねてくる。


「あの、すみません。状況とかすごく気になるとは思うんですけど、先にちょっと確認させていただいてもいいですか?」

「え? うん、何を?」

「あなたのジョブはなんですか?」

「ジョブ……? 何それ?」

「あ、そこからですか? えっと、それなら……。まずはジョブを見てみましょう。これに触れてみてください」


 スフィーリアが胸元をごそごそとまさぐり、ペンダントを外す。水色の綺麗な宝石が現れた。……触れてみてくれって、い、いいのかな? 出所を考えると少し気が引けてしまうような……。


「女神の涙、と呼ばれる魔法具です。これに触れると、人はジョブを身につけます。どうぞ」

「えっと……はい」


 スフィーリアの胸元に触れていたもの……。そう思うと心拍数が上がる。

 思いきってその宝石に触れると、何か温かいものが体を満たす感覚があった。

 そして、天啓のように脳裏に言葉が浮かんだ。その言葉は……。


「……『神絵師』?」


 浮かんだ言葉は、ジョブという奴なのだろうか。それとも、これは単なる僕に思い入れの深い言葉だろうか。


「『神絵師』……? それって、神様を描く絵師のことですか!?」

「へ?」


 違う違う。全く別の意味だよ。明確な基準はないけど、なんか絵が上手い人を神絵師って呼んでるだけなんだよ。

 否定する暇もなく、スフィーリアさんが急に僕に抱きついてきた。

 抱きついてきた!?


「救世主キタアアアアアアアアアアアア!」

「お、おおお!?」


 手を握られたのに続き、女の子からの抱擁なんて生まれて初めてである。

 豊かな膨らみがへにょんとたゆんで圧迫してくるだけでも脳が蕩けるが、漂ってくる甘い香りとか体全体の柔らかさとか、刺激が強すぎてもう思考が回らない。

 待って、違うよ、絶対何か勘違いしてる。

 指摘することもできず、僕はただ、スフィーリアの感触に悩殺されるばかりだった。

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