第37話 迎え

 キーファが叩き起こしてくれたおかげで、目が覚めて顔を合わせた瞬間に気まずい思いをする余裕もなかった。

 寝起きのスフィーリアは髪に寝癖がついていて、それを可愛らしく感じたのはさておくとする。

 朝食を摂り、早急に出かける準備をしたら、今日も三人で中心街へ。

 ティアの家に赴くと、明るい笑顔で迎えられる。相変わらず、スフィーリアのことしか見えていないようだけれども。


「本当に迎えに来てくださって、ありがとうございます! わたしとミィナ、二人でスフィーリア様のために一生懸命働きます! 宜しくお願いします!」

「よ、宜しくお願いします!」


 ちゃんと食事を摂ったのだろう、二人とも昨日より顔色が良かった。ただ、痩せた体が回復するまでには至らず、痩せすぎの印象は拭えなかった。

 ティアとミィナに頭を下げられて、スフィーリアは聖女の笑みを浮かべる。


「あまり気負わないでください。わたしはほんの少しだけ、二人に力を貸しただけです。これからは、ごく普通に働いてもらって、正当な対価をお支払いするだけです。特別な恩を感じる必要はないんですよ?」


 スフィーリアは二人をリラックスさせたかったのだろうが、その慈愛のこもった言葉で、ティアがますます神聖なものを目撃した顔をする。ミィナも随分惚けた顔になった。


「や、やっぱりスフィーリア様は聖女様なんですね! そんなに慈悲深いお言葉をいただけるなんて……っ」

「あの! 助けていただいたとき、わたしは意識がなくて……。すごい聖女様が助けてくれたって聞いても半信半疑だったんですけど、お姉ちゃんの話、本当でした! 聖女様の元で働けること、本当に嬉しく思います!」

「そ、そうですか……。一生懸命に働いていただけるのは、ありがたいことです。宜しくお願いしますね?」

「はい!」

「わかりました!」


 聖女の笑みは崩さないが、スフィーリアが少々気まずい思いでいるのがわかる。そんなきらきらした目で見られるのは困る、自分もただの人間なのに、とでも思っているのだろう。

 自分を信仰の対象にしてほしくないと言っていたが、その意味がわかる光景。こんな目で見られるのは、ごく普通の人間には窮屈だ。


「あと、こちらの二人も、わたしと生活を共にしている仲間です。アヤメ・シキ様と、キーファ・ルルクです。仲良くしてくださいね?」


 二人の視線が、僕とキーファを捉える。

 僕のことはさておき……キーファに視線をやってから、表情が堅くなった。

 ただ、もしかしたら自由兵ギルドの面々より、アンバーエルフに対する差別意識は強くないのかもしれない。気を取り直し、笑顔を作る。


「えっと、わたし、ティアです。見ての通り猫の獣人で、十三歳です。宜しくお願いします」

「あの、ミィナです。同じく猫の獣人で、十二歳です。宜しくお願いします」

「二人とも、宜しくね。僕はアヤメ・シキ。十六歳。人族で、画家……というか、絵師をしているよ」

「あたしはキーファ・ルルクです。スフィーリア様の元で働いています」


 ティアとミィナは顔を見合わせ、ふむと頷き合う。


「ダークエルフまで受け入れる懐の広さ。やはり聖女様は偉大だね」

「ダークエルフが一緒でも、聖女様がいらっしゃれば問題ないよね」


 強い差別意識はないようだが、やはりアンバーエルフが疎まれる存在だという認識はあるらしい。

 それから、ティアが今度は僕を見て目を細める。


「アヤメ様。絵師……とのことですが、聖女様とはどのようなご関係ですか?」

「恋人ですよ?」


 僕が答える前に、スフィーリアが明確に宣言する。ティアもミィナも、心底驚いた顔をする。


「こ、恋人ですか!? え、でも、聖女様が……こんな普通の男性を恋人に……?」

「意外です……」

「……ごめんね、普通の男性で」


 絵を描いていなければ、僕なんて本当にただの人だもんな……。屈強な体もないし、特別な美形でもない。聖女様にはふさわしくないと思われても仕方ない、か。

 ティアは戸惑いながら、さらに問いかけてくる。


「あの……まさかとは思いますが、聖女様の弱みを握るなどして、不当な方法で恋人になったわけではありませんよね?」

「僕、そんな悪人に見えるかな……? 安心してよ。僕はそんなことしていないし、スフィーリアを困らせるようなことは何もしていない」

「……そう、ですか。大変失礼致しました」


 口では申し訳なさそうにしているが、こいつの本性を見定めてやる、みたいな目つきをしている。この子を傍に置くと、スフィーリアも窮屈かもしれないが、僕も監視される感じになるのかな。


「アヤメ様は素敵な男性ですよ。じきにわかると思います。ね?」


 スフィーリアが僕に腕を絡めてくる。


「本当に、恋人同士なんですよね? なら、

キス、できますか?」


 ティアが変なことを言い出した。


「ええ。できますよ。もちろん。ね?」

「それは、うん。もちろん……」

「じゃあ……キス、してみてください」

「いいですよ」


 スフィーリアは一切の迷いもためらいもなく、僕にキスをしてきた。

 唇を触れ合わせるだけのキスで、数秒で終わった。ただ、慣れないキスと、人に見られているということで、頬が熱くなる。スフィーリアも紅潮していた。


「これで信じてくださいました? もっとお激しい、大人のキスをお見せしましょうか?」

「……い、いえ! これ以上は結構です! 変に疑ってすみませんでした!」


 ティアはなにやら衝撃を受けているようだが……とりあえず放っておこう。

 ティアとミィナを迎え入れたら、家の賃借を解約する手続きをした。急なことなので違約金が少々発生したようだけれど、スフィーリアが肩代わりすることで落ち着いた。

 それから、ティアとミィナに新しい服を買った。元々持っていた服はボロボロだったので、特に愛着があるもの以外は捨てることに。


「言っておきますが、無料で差し上げるわけではありません。働いて返していただきますからね?」


 スフィーリアが念押ししたのだけれど、ティアもミィナも、スフィーリアを心酔するばかりだったと思う。

 そして、買い物が終わったら、教会に帰ることに。

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