第36話 フェチ

 夕食の際、キーファにも壁画に関するアイディアを伝えた。


「あたしとしては、いいと思いますよ。その……ありがとうございます。あたしのことまで考えてくださって」

「僕にできるのは、絵を描くことだけだから。それで誰かにとって価値のあるものを生み出せるなら、本当に嬉しいことだよ」

「懐の広いお方です。しかし、なかなか難解な絵になりそうですね。

 余所の神様を描くからには、ルキアルト教の神々が中心にいるわけにもいきません。どの種族も納得するよう、上手くバランスをとる必要があります。

 たぶんですけど、スフィーリア様とアヤメ様の一存ではとても絵の内容は決められないでしょう。各種族にきちんと話を聞き、意見をうかがう必要もありそうです。……かといって、どんな絵にするかを考える時点で延々と悩み続けても、期限までに絵を完成させるに至りません」

「……余計に大変、か」

「けどまぁ、布教活動と一緒にされてはいかがです? 信者を増やすという感じではなく、仲間を増やすつもりで色々と協力を頼んでみれば、案外信者にもなってくれるかもしれません」

「なるほど。そういうアプローチもいいな」

「何にせよ、あまり余裕はないでしょうね。方向性が見えたのなら、とにかく動くのみです」

「だね」


 動くのみとはいえ、もうすぐ日も暮れるので、今から行動することはできない。

 それよりも、僕は改めて、二人に地球のことを話すことにした。

 伝えたいことはたくさんあった。

 僕の世界に魔法はなく、科学が発展していること。

 インターネットを通じて世界が繋がっていること。

 僕の国の宗教観。

 僕の家族のことや、日常生活。

 色々と話していたら二時間くらいは過ぎていて、すっかり夜も更けていた。

 なお、僕の話がただの妄想じゃないと伝えるためにも、二人にはスマホに残っていた写真や、他の絵師のイラストも見せることにした。電池の消費は気になったが、必要なことだと思った。

 また、いずれは伝えなければいけないことだとも思っていたので、先日見せたヌードなガールズのイラストも、別に女神様を描いたわけじゃないことも話した。日本における、神絵師という言葉の意味も。

 キーファは僕をジト目で見てきたけれど、スフィーリアはくすくすと笑った。


「なんとなく、そうじゃないかとは気づいていました。先日、女性のヌードを描いてはいけないという話をした際、話が噛み合いませんでしたもんね」

「うん……。嘘吐いてごめん」

「構いません。勝手に勘違いをしたのはこちらです。むしろ……つまらない嘘を吐かせてしまってごめんなさい。わたしが勝手に盛り上がったせいで、アヤメ様に余計な心苦しさを味わわせてしましました」

「……誤解が解けて良かったよ」

「まぁ、神絵師がただの絵が上手い人の称号で、アヤメ様の描く女の子がただの人間だったとしても、その絵が大変素晴らしいことに違いはありません。壁画の作成は、引き続きお願いします」

「いいの? 色々見せたんだし、僕が特別な絵師じゃないことはわかったと思うけど」

「そうでしょうか? そのスマホの画像を見たところ、やっぱりアヤメ様は世界最高峰の絵師なのだと理解しましたよ?」

「そう、かな?」

「ええ。アヤメ様が憧れているという絵師様にも、決して引けを取らないと感じました。キーファはどうです?」

「絵の技量については、大きな開きはないと感じました。アヤメ様は、スケベな男子ではありますが、とても優れた絵師だと思います」

「……そっか。そう言ってもらえると嬉しい」


 二人は、特に僕に気を遣っている様子はない。単純に僕の絵を賞賛してくれている様子。

 僕の実力が、地球において最高峰だとは思えない。それでも、この二人をファンにできるくらいにはなっているということか。


「……僕、壁画も頑張るよ。二人に喜んでもらえるように」


 そして、その夜のこと。

 予告通り、僕はスフィーフィアと同じベッドで眠ることになった。

 場所は僕にあてがわれた二階の一室。


「本気で一緒に寝るの? まだ引き返せるよ?」

「すぅーはぁーすぅーはぁー……。このベッド、アヤメ様の匂いがして素敵ですね……」


 僕がまだためらいを感じて部屋に立ち尽くしているのに対し、スフィーリアは既にベッドイン。枕に顔を埋めてすぅはぁすぅはぁしている。やっぱりこの子、性女じゃないか?


「……匂いファチか」

「愛しい人の匂いを好むのは自然なことだと思いません?」

「そもそもフェチという言葉の意味が伝わってる?」

「なんとなく。特定のものを偏執的に好む……という具合でしょう?」

「うん……まぁ……」

「あー……アヤメ様が見ていなければ、この場で自分を慰めるところですわ!」

「変態か! キャラが崩壊するからやめなさい!」

「あれ? わたし、出会った当初からこんな風でしたよね? 違いました?」

「……違わないかも」


 やれやれ。

 スフィーリアは寝衣として薄手のワンピースを着ているのだが、おもむろに右手を股に挟んだ。


「あ……いくっ」

「触れた瞬間に何が起きたの!?」

「確認したければ、わたしの服を脱がせてみることですね」

「そんなことはしないけどね!?」

「手強いですねぇ。せっかくお誘いしているのですから、素直にその気になってくださっていいのですよ?」

「……しないって」

「わかりました。もういいですから、早く来てくださいな。ベッドもいいですが、直に嗅がせてください。わたしの匂いを嗅ぐのもご自由に」

「……はいはい」


 観念し、僕もベッドに横たわる。

 直後にスフィーリアが抱きついてきて、柔らかさと温もりと柔らか過ぎるものの感触で、どうにかなってしまいそう。


「温かい……。全身でアヤメ様を感じられるの、とても幸せです」

「そ、そう……」


 柔らかい。温かい。柔らかい。温かい。柔らかい。温かい。柔らかい。温かい。

 ずっとそんなことばかり考えている。


「……わたしは、いいんですよ? アヤメ様がその気になるのでしたら……いつでも」


 スフィーリアのふとももが、僕の下腹部に覆い被さる。張りつめたものを刺激する。


「誰も邪魔する者はいません。誰も咎める者はいません。恋し合う者同士が交わることに、何もためらう必要などないのです」


 言葉が出てこない。余裕がない。


「アヤメ様と、もっと深く繋がりたいです……」


 スフィーリアの手が、さわさわと僕の体を撫でる。ごくり、思わず唾を飲む。

 僕の体を、はちきれんばかりの劣情が支配している。

 ただ、不思議なことにというか、情けないことにというか……頭が混乱しすぎて、体が上手く動かない。

 しばし、完全に硬直していると、スフィーリアがふっと息を吐く。


「……これだけお誘いしても何もしてこないんですか? わたし、そんなに魅力がありませんか?」

「そんなことは、ない……」

「ふふ。わかってます。今日もとってもお元気ですもんね?」

「……うう」


 さわさわさわ。

 もう既に色々とヤバイ。


「お可愛いこと。ますます愛しくなってしまいます」


 スフィーリアが僕の首筋をぺろり。全身が震える。


「まぁ、あまりこんなことを続けても、アヤメ様がゆっくり休めませんよね。体調を崩されても大変です。今夜は何もしなくて良いので……せめて、わたしを抱きしめてくださいな。それも拒絶されたら、わたし、泣いてしまいますよ?」


 最後の一言は妙に切なげで、僕は少しだけ冷静になれる。

 もぞもぞと動き、スフィーリアを抱きしめるのに適切な位置を模索。

 ベッドで抱き合うのは、腕や頭の位置を調整するのが難しくて、少し手間取った。

 ようやく良いポジションを見つけ、二人で正面から抱き合う。


「おやすみなさい、アヤメ様。……と言いたいところなのですが、ドキドキして眠れそうにないですね。眠くなるまで、アヤメ様の元の世界での話を訊いてもいいでしょうか?」

「……いいよ。僕も、このままじゃ眠れそうにない」


 そして、僕たちは夜遅くまでおしゃべりを続けた。

 時計がないから、何時まで起きていたのかはわからない。

 夜明け頃に目を覚ますことはできず、早起きだったキーファに叩き起こされることにはなった。今日はティアたちを迎えにいくんでしょうが! と。

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