第35話 アイディア
「セックスは駄目でも、添い寝くらいはいいですよね? 今夜から、一緒のベッドで寝ましょう」
キスを終えたら、スフィーリアがまた僕の方に頭を乗せてきて、そんなことを言った。
「添い寝だけで済ませられる自信がないのだけれど」
「アヤメ様の言葉が本心からのものか、単なる表面的な願望かが試されますね!」
「こんなところで試さなくていい……」
「まぁまぁ、もしそういうことになっても、誰も責める者はいません。恋し合う男女が交わるだけの話です。至極正常な男女の営みです」
「……おおらかだなぁ、本当に。っていうか、避妊とかちゃんとできるの? 流石に今妊娠したら困るでしょ?」
「大丈夫です。避妊具くらい、わたしならすぐに作れます。子宮頸部を塞ぐか、陰茎を覆うようなものを作れば良いのでしょう? 簡単ですよ!」
「そっか……」
この子、本当に一切の恥じらいもなくこういうこと言うなぁ……。
「どちらかというと前者が良いですかね? やはりお互いに生の感触が味わえた方が良いと思いますし!」
「……こういうのも赤裸々に話すね。聞いているだけで、僕は少し気恥ずかしい……」
「そうですか? 生物が何千年だか何万年だか、延々と繰り返してきた営みですよ? 性を覚えたての子供じゃあるまいし、恥ずかしがることでもないと思いますが?」
「うん……まぁ、そうだね。きっと、僕が過剰に反応しているだけ」
「セックスなんて、神様だってやってますよ。当たり前みたいに」
「そだね」
「けど、不思議です。男性の精液を子宮内に取り込むと子供ができるなんて。あれ、どうなってるかご存じです?」
「え? うん。むしろ、知らないんだ?」
「え? 知りませんけど。アヤメ様の国では、常識的に知られていることなんですか?」
「うん……。知られてるね」
「へぇ、それは気になります。教えてください」
スフィーリアに乞われるままに、僕は精子、卵子、遺伝子の話をした。
僕としては常識だったのだけれど、スフィーリアからすると全てが新鮮で、大層驚いていた。
「へぇ……生物って、そんな仕組みで命を繋いでいるんですね……」
「うん。っていっても、僕が調べたわけじゃなく、頭のいい他の研究者が調べたことなんだけど」
「でも、これは飛んでもない事実ですね。革新的な話ですが、口外はしないでください。わたしは気にしませんけど、ルキアルト教的には困った話になります。性的な交わりは神聖なものであり、神様が子供を授けてくれるのだ、ということを周知しています。単純に物理的な話だと言われると、教会的に問題です」
「……なるほど。下手すれば口封じの対象、とかか」
「ですね。別に世界に真実を伝えることを使命としているわけでもありませんし、わたしたちだけの内緒の話にしておきましょう」
「わかった。そうしておく」
こんな話をしていたら、随分と長風呂になってしまった。
風呂を出たら、スフィーリアがまず、キーファに伝えた。
「わたしたち、正式に恋人関係になりました。今夜から一緒のベッドで寝ますね!」
「ああ、はいはい。どうぞお好きなようにしてください。夜更かしばかりしてはいけませんよ」
キーファは冷めた態度で、スフィーリアも苦笑していた。
それから、スフィーリアと二人で、改めて礼拝堂に赴く。描きためたラフ画もぺらぺらとめくって、溜息。
「……なんか、違う」
「どういうことでしょう?」
「僕はただ、なんとなく見栄えの良い絵を模索していただけ。でも……ここに描くのは、もっと別のものが相応しいと思う」
「ふむ……。具体的には、どんなものでしょう?」
「もっと……願いとか、祈りを込めた絵にしたい、かな。今日、キーファが差別的な目で見られているのを見て、思ったんだ。このままじゃ駄目だって」
「……そうですね。あのままではいけません」
「具体的なイメージはまだわからないけど……差別とか、偏見とかをなくすメッセーイジを込められたら、いいなとは思う。
そういえば、スフィーリアが話す神様たちは、基本的に皆、人族のような容姿をしていたよね? 一部、エルフとかドワーフのようでもあったみたいだけど……」
「ええ、そうですね。ルキアルト教は人族が生み出した宗教なので、中心になっているのは人族です」
「……その容姿、いじっちゃ駄目かな? いっそ、キーファのような……僕はアンバーエルフって呼ぶことにしたんだけど、ああいう外見に。ちなみに、アンバーは琥珀っていう宝石の名前だよ」
「アンバーエルフ……。良い呼び名だと思います。ただ……既存の神様たちの容姿をいじるのは、あまりお勧めできません。わたしはいいのですけど、本部が怒り狂い、アヤメ様の身に危険が及ぶ可能性もあります」
「……そっか」
僕の一存で、下手な真似をするわけにはいかない。きっと、僕だけじゃなく、周りの皆も危険だ。
「うーん……何かいいアイディア……。一度スマホの電源入れて、入ってる電子書籍でも見てみるか……。……いや」
そこでふと、スマホに入っているゲームを思い出す。
ああいうのでは、一つのゲームの中に、世界各国の神様がごちゃまぜになっている。
なんでこの神様とこの神様が同じ世界に存在するのだ……みたいな批判もあったかもしれないけれど、これは使えるアイディアかもしれない。
「……なら、こういうのはどうだろう? ここに、ルキアルト教以外の神様も描く」
「ルキアルト教以外の神様を……?」
スフィーリアが数秒惚ける。それから思案顔になって、うん、と頷いた。
「それは……この場所においては、良いアイディアかもしれません。実のところ、他宗教の方にどうやってルキアルト教を布教するべきか、迷っていたのです。
この町には多様な種族が存在し、それぞれの信仰があります。
既存の信仰を捨てさせ、無理矢理ルキアルト教に改心させるのは気が引けました。そんなのは余計なお世話です。
でも……融和という形であれば、お互いに歩み寄ることができるかもしれません。
それぞれの信仰を捨てさせるわけではなく、ただ、それぞれが交わる中間地点として、この場所を作り上げるのです。
そして、その中に……アンバーエルフの姿をした神々も交え、間接的にキーファの居場所も確保できたら嬉しいです」
「……これやったら、本部は怒るかな?」
「どうでしょう? 怒る人もいるかもしれませんが、これがルキアルト教を広める最善の方法だったという主張も可能です。正攻法でやっても上手くいくかは怪しいですし、やってみましょう」
「わかった。となると……絵柄は何となく見えてきた。かも。ただ、それ以前に、余所の神話の神様についてもデザインしないといけないな。……スフィーリア、そもそも余所の神話、わかる?」
「ええ、わかりますよ。わたしは不真面目な聖女なので、ルキアルト教のことしか興味を持たない、などということはありません」
「よし、それなら早速やっていこう」
「はい!」
食堂に戻り、再び神様のキャラデザを開始。
なかなかに大変な作業になるが、やはりこういう挑戦はとても面白い。
気づけば夕方になっていて。
「え? またデザインを考えてるんですか? 今度は何をやらかしたんです?」
キーファがちょっと呆れていたけれど、それは誤解である。別に何かを試されているわけではない。
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