第38話 復路

 往路では僕、スフィーリア、キーファの三人で蒼炎鳥キュリヴィズに乗ったのだけれど、人数が増えたため、僕とキーファが徒歩で帰還することに。徒歩でも三十分程度だから、帰れない距離じゃない。


「別に、改めて言うことでもないとは思うんですけど」


 歩きながら、キーファが切り出した。


「ん? 何?」

「……スフィーリア様のこと、宜しく頼みますよ」

「と言うと?」

「スフィーリア様と出会って三ヶ月。あたしなりにスフィーリア様を支えてきました。施設の修繕も、家事も、魔法の研究も……。でも、スフィーリア様からすると、やっぱりあたしはまだまだ子供です。深いところでは、スフィーリア様はあたしに甘えたりはしてくれません。もちろん、日々のちょっとしたことで甘えた姿を見せることはありますが、一番弱い部分なんかを見せてはくれません」

「……うん」

「アヤメ様の隣にいるスフィーリア様は、肩の荷が下りたような、安心した顔をされています。聖女ではなく、あたしを支えるお姉さんのような立場でもなく、一人の女の子の顔をしています。

 アヤメ様のこと、頼れる紳士とまでは思っていないでしょうが、隣に立てる相手だとは認識しているように思います。

 あたしでは、そういう存在になれませんでした。悔しいですが、スフィーリア様を、より深いところで支えてあげてください」

「……うん。それは確かに、言われなくても、だね」

「スフィーリア様のこと、好きですか?」

「うん。好きだよ」

「そうですか。なら、いいです」


 ふぅ、とキーファが溜息。

 その溜息の意味を探る間もなく、さらにキーファが言葉を紡ぐ。


「アヤメ様は、不思議な雰囲気がありますね。強者の雰囲気をまとうわけでもないのに、芯の強さを感じます」

「そうかな? 僕はまだまだ弱いと思うけれど」

「あたしも、実は根っこに弱さがある人なのかと思ってましたけど、そうじゃないって気づきました。昨日、アヤメ様の故郷の話を聞いて」

「どういうこと?」

「アヤメ様は、世界レベルの強者に挑み続ける強い精神力をもっています」

「……そうなのかな? いまいちピンとこないけど」

「アヤメ様は、絵を描き始めてからずっと、世界中の才能たちに挑み続けてきたのでしょう? きっと、ずっと悔しい思いをされてきたと思います。それでも挫けずに、描き続けてきたのでしょう?

 あたしなんて、アヤメ様が軽く描いた絵を模写するのにも苦労して、早々に挫けそうになっています。

 すごい人に憧れると、それを追いかけたくなります。しかし、自分の至らなさに打ちひしがれることばかりです。

 それを乗り越えてきたアヤメ様は、本当に強い人です。

 あたし、アヤメ様を尊敬します。あたしもいつか、アヤメ様に追いつけるように頑張ります」

「……そっか。うん。期待してる」


 自分では特に意識していなかったけれど。

 確かに、圧倒的な才能を身近に感じられる環境で、それでもなお自分を鼓舞して頑張り続けてきたことは、知らず知らずのうちに力になっていたのかもしれない。

 最近では、AIの発達でイラストを描く意味さえ見失いそうになったこともある。自分のやってきたことはなんだったのだろうかと、悩んだこともある。

 僕は物理的な戦闘はしてこなかったけれど、精神面ではずっと戦い続けてきた。

 そうやって培ってきたものが、スフィーリアに安心感を与えてやれたのかもしれない。同じ目線で並び立てる存在として、側にいてやれるのかもしれない。


「……意外とやるじゃないか、僕」


 日本にいたら気づけなかった、自分自身の価値。

 もう少し、自分を誇って良いのかもしれない。

 半分程歩いたところで、キーファが言う。


「アヤメ様。少し疲れました。おんぶしてください」

「へ? ああ……うん。いいけど」


 疲れた? キーファなんて、僕より圧倒的に体力が勝っているはず。これくらいで疲れる柔な体じゃない。

 疑問を口にするより先に、キーファがさぁさぁと僕を急かす。姿勢を低くすると、キーファが僕の背中に乗ってきた。

 十一歳の、軽い体。といっても、人一人分だから、全く何も感じない程ではない。むしろ、ひ弱な僕には、少し重い、かも。

 でも、ここで泣き言を言うのも情けないので、なんでもないように歩く。

 ……ちなみに、まだ十一歳だけれど、背中の一部に柔らかな感触もある。だからって、何も思わないけどな!


「おんぶなんて久しぶりです」

「僕もだよ」

「心地良い背中ですね」

「そう?」

「おっぱいの感触はいかがです?」

「え!? いや、それは……」


 何も感じないよ、と誤魔化すのはどうだろう。相手は十一歳とはいえ、女性なのだ。下手なことを言うと傷つけてしまうかもしれない。

 いい感触だね、と答えるのはどうだろう。相手は十一歳とはいえ、女性なのだ。下手なことを言うとセクハラと訴えられかねない。


「……僕には、スフィーリアのが最高だから」

「なるほどなるほど。もう触ったんですか?」

「触ったっていうか……自然な触れ合いの中で、ちょっと接触があったというだけであって、意図してそこに触れたことはないよ」

「ふん。いい歳して、お子ちゃまな恋愛をしているものですね」

「……僕の故郷では、ふつうのペースだよ」

「あんまりのんびりしていると……」


 その続きは、聞き取れなかった。そもそも何も口にしていないのかもしれない。

 気を取り直したようにキーファがまた別の話を振ってきたので、僕はそれに応える。

 ほんの十五分程だったけれど、キーファと二人でのおしゃべりは、これはこれで楽しいものだった。

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