第39話 神話

 教会に帰り着いたら、キーファを下ろす。すると、キーファは平気そうにすたすたと歩きだすから、背負わされた意味がよくわからない。


 さておき、食堂の方が妙に賑やかだったので、そちらに二人で顔を出す。すると、新しい服を着たティアとミィナが、僕の描いた神様のキャラデザを見て目をキラキラと輝かせていた。


「あ、二人とも、おかえりなさい」


 スフィーリアがまず笑顔を向けてくれて。

 さらに、ティアとミィナがぱたぱたとこちらに駆け寄ってくる。


「これ! 本当にアヤメ様が描いたんですか!?」

「もっとすごい絵も描くって本当ですか!?」

「え? あ、えっと……僕が描いたのは確かだし、もっと丁寧に描いた絵もあるよ……?」

「見せてください!」

「お願いします!」


 この二人、スフィーリアにぞっこんな雰囲気だったのに、僕が帰り着くまでの短時間に何があったのだろうか。


「えっと、うん。わかった。少し待ってて……。って、スフィーリアがタブレットも持ってきてたか」


 僕のデザインノートもタブレットも、二階の僕の部屋に置いてあった。既にスフィーリアと同室という感じだから、スフィーリアが全部持ってきたようだ。

 どこかドヤ顔のスフィーリアからタブレットを受け取り、電源を入れる。

 昨日も使ったから、残りの電池は五十パーセントを切っている。モバイルバッテリーがあるとはいえ、あまり使いすぎない方がいいな……。


 僕の描いたイラストを表示し、二人に見せる。

 スフィーリアたちにも最初に見せた、桜を背景に、着物姿の美少女が艶やかに微笑んでいる一枚。

 それを見て、ティアとミィナから表情が消える。

 その数秒後、二人の目からぽろぽろと涙が零れ始めた。

 ……いつものこと、という認識になってきたけれど。大袈裟すぎないかなぁ?


「なんて……綺麗……っ」

「こんなに綺麗な絵、初めて見ました……っ」

「……ありがとう。喜んでもらえて嬉しいよ」


 たぶん、感動に慣れていないんだろうとは思う。

 中心街を見てきた感じ、人工物で格別に美しいものは見かけない。

 そもそも絵画だって見かけない。

 ネットもないから、世界中の美しいものを気軽に見られるわけでもない。

 僕が持ち込んだ作品は、僕が想像できないくらい、この世界の人に衝撃を与えるのだろう。


「アヤメ様がスフィーリア様の恋人であること、納得致しました」

「あの! わたしも、こんな絵を描きたいです! スフィーリア様から、絵に興味があるならアヤメ様から習うといいと言われました! わたしにも教えてください!」

「わたしも! わたしも描きます!」


 ティアとミィナがキラッキラした目で僕に迫る。

 こういう反応、正直嬉しい。いや、女の子に囲まれることが嬉しいのではなくて、僕の絵が、人を動かしていると思えるのが、本当に嬉しい。

 ミィナは元々絵に興味があったらしいけれど、ティアはそうじゃなかったはず。それでも、興味を持ってくれたのだ。嬉しくないわけがない。


「……わかった。教えるよ」

「「ありがとうございます!」」


 二人の声が揃った。

 スフィーリアとキーファにも教えるし、これで四人か。どうやら僕は、この世界で絵画教室を開くことになったらしい。

 壁画を描くのも手伝ってほしいが、果たしてどこまで戦力になってくれるか……。

 とにかく、できる限りのことをしよう。


「……いずれは、この世界で絵師百人展とか開けたらいいな」

「絵師百人展? なんですか、それ?」


 問いかけてきたのはスフィーリアだけれど、他の皆も首を傾げている。


「ああ……僕の故郷で、そういうのがあったんだ。絵師百人分の絵を展示するお祭りみたいなもの」

「へぇ、面白そうですね。……アヤメ様がこの町で絵を教え続けていけば、遠くない将来に実現できるようになるかもしれませんよ?」

「……将来に期待だな」


 まずは、絵師五人展を目指して、指導していこう。

 ティアとミィナが早速描きたいというので、まずは皆で絵を描くことになった。

 なお、ティアとミィナには、僕の出身がどこなのかとか、あのタブレットは一体なんなのかとかは、まだ秘密だと言っているらしい。

 二人とも僕らに敵対する意志はなさそうなので、遠くないうちにきちんと話すことになるだろう。


 正午まで絵を描いて、それから昼食。


 このとき、ティアとミィナから、主に猫の獣人に伝わる神話について聞いた。

 まず、獣人の間に伝わる神話は、犬や猫などの種族に応じて変わってくるらしい。

 ただ、どうやら世界観は同じらしい。天界にある同じ世界において、犬族のような姿の神様、猫族のような姿の神様、そして人族やエルフのような姿をした神様などがいるそうだ。


 獣人の種族ごとに主役となる神様は違えど、一つの種族については、ルキアルト教程に多種多様な神様は存在しない。

 美の女神、愛と豊穣の女神、などという分かれ方をしているのではなく、神様としての力を持つ強い猫獣人がたくさんいる、というような状態。


 猫獣人の姿をした神様の中では、特に、女性神ルーティマ、男性神サーティオとシューロの、武勇に優れた三柱が有力。

 多種族の神様との戦争は周期的に起きているのだけれど、その三柱が活躍することで、自分たちの土地を守れているそうだ。


 そして、天界における戦争は、現世における各種族の趨勢すうせいに影響を及ぼす。

 猫獣人の神々が優勢であれば、現世の猫獣人の住める土地が広がり、生活も豊かになる。逆に劣勢となれば、猫獣人の住める土地は狭くなり、生活も貧しくなる。


「獣人に伝わる神話では、概ね神様たちは戦争……というか、縄張り争いをしています。現世のわたしたちのことをどうこうすることはほとんどなく、自分たちの世界で勝手に盛り上がっています」


 説明してくれたのは主にミィナの方で、ミィナはこういう話が好きらしい。


「へぇ……。ルキアルト教の神話とも、僕の故郷の神話とも、全く違う世界観……」

「そうみたいですね。

 わたし、故郷の森で生活している頃には、その神話の世界が本当にあるのだとも思っていました。

 でも、故郷を出て、多様な種族が暮らす町に来てみると、わたしたちの知る神話が、自分たち独自の世界観なのだとわかりました」

「ミィナとしては、神話の神様って、実在すると思ってる? それとも、ただの物語っていう認識?」

「……わかりません。わたしは今でも、神様に感謝の祈りを捧げたり、救いを求めて神様の名を呼ぶこともあります。

 けど、わたしの知る神様は、あくまでわたしたちが独自で信仰している神様であり、他の種族からすると物語の登場人物にすぎないのだということも理解しています。

 神様をどう捉えればよいか……まだ、わたしにはわかりません」


 ミィナを引き継ぐように、ティアが口を開く。


「わたしは神様とか信じてません。あんなのはただの物語です。

 そりゃーわたしも、もっと幼い頃には神様は実在するんだと思っていた時期もあります。でも、故郷を出て、世界を知ったら、あんなのはただの物語にすぎないって気づきますよ。

 そもそも、神様がわたしたちを助けてくれるわけでもないのに、神様が存在する意味って何ですか? いらないでしょ、あんなの。

 ……わたしたちが故郷の森を追われても、生活に困っても助けてくれない。ミィナの病気も治してくれない。そんな神様、わたしはいりません」


 ティアがふてくされたように呟く。

 神様を信仰する人が、一度は考えるようなことだろう。

 窮地を助けてくれるわけでもない神様なら必要ない。

 そもそも、神様なんて存在しないから、助けてくれるわけもない。


「その気持ちもわかるなぁ……。ただ、余計な一言かもしれないけど、僕、父に言われたことがあるんだ。

 神様は誰も助けてはくれない。でも、それでいいんだって」

「……どうしてですか?」

「人は神様に助けてもらえないからこそ努力する。そして、神様が干渉してこないからこそ、どこまでも自由だ。だってさ」

「……そう、ですか」


 ティアの顔から表情が抜ける。

 少なくとも、神様に対する苛立ちは抜けたかもしれない。


「神様は誰も助けてくれない。でも、それがいいというか、そうじゃないといけないというか。厳しい言葉だとは思うけど、僕はその言葉で、助けてくれない神様のことも、許せる気がした」

「……そうですね。でも、それはつまり、結局神様なんていてもいなくても意味がないってことです」

「そうかもしれない。

 ただ、スフィーリアも言っていたよ。神話がただの物語にすぎないとしても、その物語は、人に力を与えてくれるって。

 ティアもさ、その武勇に優れた神様たちの話を聞いて、心が奮い立ったことはないかな? 自分も頑張ろう、とかさ。そういう力が、物語にはあるんだよ。例えそれが、単なる作り話だったとしても」

「……むぅ。アヤメ様のおっしゃりたいことはわかります。完全否定するわけじゃなく、そういう捉え方をしても良いのかもしれませんね……」


 むーん、と腕を組んで難しい顔をするティア。

 まだ十三歳のはずなのにこんなことまで考えて、本当にしっかりしているよ。

 小難しい話にはなってしまったけれど、面白い話が聞けて良かった。

 まだまだ色々な話を聞いて、壁画に反映させるとしよう。

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