第40話 共演

「ちなみにだけどさ。ティアとミィナは、自分たちの信仰する神様と他の種族の信仰する神様が、一枚の絵に描かれていたらどう思うのかな?」


 尋ねてみると、ティアとミィナが顔を見合わせる。


「わたしは別にどうでもいいです。神様とかどうでもいいので」

「少し違和感はありますけど、まぁいいんじゃないでしょうか? そもそも獣人族の神話には、他の種族の神様が登場しています。大きく世界観を壊すものではないと感じますね。

 ただ、わたしたちの信仰する神様が、余所の神様よりも低い地位にいるような扱われ方をするのは嫌です」

「なるほど。一緒に登場してもいいけど、あくまで対等、と。対等にするのは当然の話だよなぁ……」

「ちなみに、これは何の話をされているんですか?」


 ミィナが首を傾げる。


「ああ、二人には言ってないっけ。僕、ここの礼拝堂の壁画を描こうとしているんだ。その壁画には、ルキアルト教の神様だけじゃなく、他の種族の神様も登場させたいんだよね。それで、仲良くしている雰囲気の絵にしたいなって」

「へぇ、そんな試みを……。わたしたちの里にはそもそも教会や礼拝堂というものがないのですが、そういうのを描くのは普通なんですか?」

「ううん。たぶん、この国では唯一じゃないかな」


 左隣に座るスフィーリアを確認。


「わたしの知る限りでも、他にそんなことをしている場所は聞いたことがありませんね」

「だってさ。初めての試みだし、余所の神様を勝手に描いて、それで問題になっても困るなってことで、訊いてみたんだ」

「なるほど。……面白い試みだとは思いますけど、ものすごく大変じゃないですか? 色んな種族の、色んな神様を、誰にも不満を持たれないように描いていく……。特定の神様を優遇しても問題になるでしょうけど、かといって壁の面積は限られてますし……」

「う……。確かに。ま、まぁ、上手くいくかどうかはわからないけど、とにかくやってみるよ。あ、そういえば、キーファのところはどうなのかな? アンバーエルフの信仰する神様は、他の神様と競演させて大丈夫そう?」


 右隣のキーファを見ると、思案げに言う。


「本来は、ダメです。わたしたちの信仰する神様は唯一神ですから」

「一神教……ってことか」

「そうです。神様は唯一の存在であり、その神様以外は神に劣る存在です。地上の生き物より高貴な存在として天使はいますが、神の使いという立ち位置になります」

「そっかー……」

「アンバーエルフの立場からすると、余所の神様は全て邪神。神様の名前を語る悪魔的存在。相容れることはありません」

「……困ったな。同じ画面には入れられない」

「……いえ、いいと思います。そもそも、自分たちの信仰する神様が一番偉くて、それ以外の神様が全部邪神だなんて発想、傲慢すぎるんですよ。そんなことだから、アンバーエルフは他の種族から差別的扱いをされるんです。あたしは全然気にしないので、同じ絵に描いちゃってください」

「……大丈夫? 他のアンバーエルフが見たとき、争いの火種にならない?」

「わかりません。でも、アヤメ様のやろうとしていることは、意義のあることだと思います。挑戦するべきだと考えます」

「……そう。わかった。なら、やってみようか」


 左隣を見てみると、スフィーリアは頷いた。


「やってみましょう。もし、何か大きな問題になれば……逃げればいいだけです」


 きりっとした顔でそんなことを言うものだから、思わず笑ってしまった。


「逃げるのか……」

「わたし、アンバーエルフと全面戦争なんてしたくないですし。ごめんなさいして逃げましょう。大丈夫、人里離れた秘境で自給自足するくらいは、わたしの力でも可能です」

「……そうだね。うん、それでいいや」


 軽く考えて良い問題ではないと思う。でも、こっちだって譲れない願いと想いがある。

 それをぶつけてみることは、きっと、悪いことではない。


「ところで、アンバーエルフってなんですか? ダークエルフじゃないんですか?」


 ミィナに尋ねられて、僕がキーファにアンバーエルフという呼び名をつけたことを説明。ミィナとティアがほうほうと感心していた。


「まぁ……冷静に考えれば、ただの一種族が不幸を招くなんてあり得ない話なんですよね……」

「何百年前だかの大戦で悪いことをしたっていうのも伝わっていますし、それアンバーエルフの差別意識に繋がってるのもわかりますが、一体いつの話を蒸し返しているの? っていう感じではありますし……」


 二人は若いからか、思考も柔軟らしい。ありがたいことだ。

 キーファも二人の様子にほっと一息吐いて。 


「ダークエルフは汚れた存在で、周りを不幸にするだとか……。あたしには特別な呪いの力なんてありません。もしあれば、ぐだぐだ言ってる愚か者をたちを真っ先に不幸にしてやりますよ。

 それに、昔々、戦争であたしたちのご先祖様が悪いことをしていたという史実はあっても、全員が悪さをしたわけではありません。良いことをした者の方が多いくらいです。

 そもそも、どの種族にもかなりの数で悪行を働いた者がいました。あたしたちは都合良く悪者に仕立て上げられただけです。他の種族の悪事に、目を向けさせないために」


 普段のキーファは、特に差別されている者としての辛さや苦しさは出さない。僕とスフィーリアが全くそういうのを意識していないからだろう。

 しかし、やはり完全に平気なわけではなく、不満も溜まっているようだ。


「あの……ごめんなさい。勝手な偏見で、窮屈な思いをさせてしまって……」


 ミィナがまず、キーファにぺこりと頭を下げて。


「……ごめんなさい」


 妹につられるように、ティアも頭を下げた。


「……別に、あなたたちが悪いわけじゃないです。ちょっと認識を改めてくれれば、それで十分ですよ」


 ぶっきらぼうに言うキーファだけれど、理解されたことを嬉しく感じているのが見て取れた。


「キーファもこう言っていることですし、難しい話はこの辺で終わりにしましょうか」


 スフィーリアが話を変えて、後はのんびりとしたおしゃべりが続いた。

 突然始まった異世界生活だけれど、たぶん、日本にいる頃よりも充実しているし、楽しめていると思う。

 壁画を描いてくれと頼まれて、まだ実際には下書きすらできていないけれど、たぶん皆と一緒なら大丈夫だ。

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