第5話 キーファ
「仕事は請け負うとして……改めて、状況を確認したい。ここは僕からすると異世界だってのはとりあえず理解したけど、スフィーリアさんのこともまだ名前しか知らないし……」
尋ねると、スフィーリアさんは笑顔で答えてくれる。
「わたしのことは、スフィーリアとお呼びください。成功報酬とは言いましたが、気持ちとしては、既にアヤメ様に全て捧げる覚悟です」
「……えっと、じゃあ、うん。わかった。なら、僕のこともアヤメ様なんて呼ばないでよ。アヤメでいいから」
「それは嫌です」
「なんで!?」
「アヤメ様は偉大なる神絵師様です。呼び捨てなど恐れ多いです」
「……僕なんてただの男子高校生なのに」
「ダンシコウコウセイ?」
「えっと、要はただの学生なんだ。イラストは描いてるけど、特別な職業に就いてるわけじゃない」
「学生……。そして、その身なり……。アヤメ様は、祖国では貴族様だったのですか?」
「え? 違うけど?」
「ふむ……?」
スフィーリアが首を傾げている。どうも、お互いの常識が違いすぎて話が合わない感じがする。
こっちでは、学校は貴族が通う場所という認識なのだろうか?
「えっと、とにかく、まずはこっちの世界のことを教えてよ。それと、この教会が置かれた状況とかもさ」
「そうですね。まずは、お互いの情報共有が先決です。立ち話もなんなので、場所を変えてお茶でもお出ししましょうか」
「うん。ありがとう」
「では、こちらへ」
教会の出入り口に案内される。
そこで、木製の扉が豪快に開け放たれた。
眩しい日差しが差し込む中に、一人の可愛らしい女の子が立っている。
年齢は十一、二歳くらいだろうか。白銀の髪をポニーテールにしていて、可愛らしさの中に中性的な凛々しさも感じる。目つきも鋭く、その赤い瞳に見つめられるとやけにどぎまぎしてしまう。
白を基調としたドレスめいた修道服からは褐色の肌が覗く。身長は百四十センチくらいかな。しかし、幼いながらもすらりとしたスタイルは美しい。
教会のシスターに近い出で立ちだが、地球のシスターほど禁欲的な雰囲気はない。髪や顔を隠すフードもない。
また、手には弓を持っていて、ファンタジー世界の住人だと強く認識させられた。
それと……耳が尖っているな。もしかして、ダークエルフか何かだろうか?
「……スフィーリア様。その男は何者ですか?」
警戒心剥き出しで、いっそ僕に向けて弓でも構えそうな雰囲気。正直、圧倒される。
スフィーリアが僕を庇うように立った。
「彼はアヤメ・シキ様。救世主様です」
その紹介はどうだろう。いきなり、この人は救世主です、と紹介されたら、胡散臭すぎて一層警戒してしまう。
この少女もそうだったようで。
「救世主……? そんなひょろっこい少年が? 何をバカなことをおっしゃいますか」
「……キーファ。アヤメ様は特別なお方です。無礼は許しませんよ?」
「……特別なお方?」
キーファと呼ばれた少女は、視線だけで人を殺せそうな鋭い目つきになる。僕が何か悪いことをしたみたいに思わないでくれ。スフィーリアが勝手に言っているだけなんだから。
「……あなた、何者ですか? スフィーリア様に何をしたんです? 事と次第によっては……痛っ」
ゴン、と割と強めの音がした。スフィーリアがキーファの頭を杖で殴ったのだ。
「キーファ! アヤメ様に失礼な態度は許しませんよ!」
「スフィーリア様……っ。朝っぱらから妙に騒がしいと思って来てみれば……。彼は何者なんですか!? いきなり救世主だなんて、変な催眠でもかけられてるんじゃないですか!? 正気に戻ってください!」
「わたしは正気です! キーファ、アヤメ様に謝ってください!」
てめぇ、スフィーリアに何をした!? みたいな怖い目でキーファが睨んでくる。だから、それ止めて。怖いんだよ。
「スフィーリア。キーファさんが疑うのも当然だから、僕は気にしてないよ」
「でも……」
「いいからいいから。むしろ僕としては、これだけスフィーリアのことを案じてくれる人が身近にいて安心したよ。僕は本当に気にしてないから、そんなに怒らないでくれ」
「……アヤメ様がそこまでおっしゃるなら」
スフィーリアはまだ少し不満顔。
一方、キーファは相変わらず疑わしげ。
「……悪人という雰囲気ではありませんね。しかし、その見慣れぬ出で立ち……。一体どこからやってきたんですか? なぜスフィーリア様とそんなにも親しげなのですか?」
「ちゃんと説明するから、そう睨まないでくれよ。僕はスフィーリアにも、他の誰に対しても、害をなそうとは思ってない」
「むぅ……。その妙に優しげな雰囲気がむしろ怪しいです……。詐欺師は天使の顔をしてやってくるとも言いますし……」
「アヤメ様は詐欺師などではありません! 救世主様ですよ!」
スフィーリアが僕を救世主呼ばわりする度に、キーファの眉間に皺が寄る。
「スフィーリア……。一旦、僕を救世主呼びするのは控えてくれ。僕はただの絵師だ。救世主なんて大仰なものじゃない」
スフィーリアは若干不服そう。でも、救世主呼びは本当に止めてほしいので、ここは引かないでおく。
「絵師? スフィーリア様、礼拝堂の壁画を描く画家をお探しでしたが、そのために雇ったんですか?」
「ええ、そうです。雇いました」
「……そうですか。でも、こんな若い人に務まるんですか? 全然頼りがいがなさそうなんですけど」
「もちろん、実力は確認済みです」
「うーん……。とりあえずわかりました。でも、素性はちゃんと聞かせてください」
「そうですね。丁度、キーファにも同席してほしかったところです。三人で話しましょう」
キーファが頷き、先導するスフィーリアに二人でついていく。
礼拝堂の外にはのどかな田園風景が広がっていた。青い空は澄み渡り、畑が視界の限り続いている。ぽつぽつと家も見えるな。田舎の農村、なのだろうか。
時刻はわからないが、太陽の位置を考えると午前九時頃か……? 季節はたぶん春で、冬服のブレザーを着ていれば寒くはないが、空気は少し冷たい。
「良いところ……」
なのかな? 僕は比較的都会育ちで、周りに自然なんてほとんどなかったから、こういう景色には憧れてしまう。
でも、ここが異世界だとすると、農村の暮らしは決して楽ではないだろう。のどかに感じるのは、僕が楽な暮らしに染まっているからかもしれない。
振り返って見てみると、礼拝堂はなかなかに立派な建物に見えた。屋根に十字架がないのは、ここがキリスト教関係施設じゃないからだろう。
スフィーリアが案内してくれたのは、礼拝堂の隣にある三階建ての洋館。
館の中も土足で良いようで、エントランスを抜けてそのまま廊下を進んでいく。外見は立派だが、所々傷んでいるようで、夜だったら幽霊屋敷に思えたかもしれない。
いくつか部屋を通り過ぎ、広い部屋に出た。おそらく、食堂。長方形の大きな机に、椅子が十脚並べられていた。
「お好きな席にどうぞ。お茶を用意しますから、少々お待ちを」
スフィーリアが、奥にある扉の向こうへ行ってしまう。
取り残された僕とキーファ。気まずい思いで、お互いをちら見。
先に口を開いたのは、キーファ。
「アヤメ・シキさん。一応名乗っておきますが、あたしはキーファ・ルルクです。年齢は十一。ここで
修道徒ってなんだろう? 修道女とは違うのかな? 似ているけれど少し違うもの……という認識で概ね間違いないとは思うが……。これも置いておこう。
「えっと、画家とは違うかな。絵師、だよ。っていっても、細かい違いを説明するのは難しいか。画家と思ってくれて構わない」
「どんなものを描くんですか? スフィーリア様が気に入られるくらいですから、よほどすごい絵を描くのでしょうね?」
「すごいかどうかは、見る人によるだろうけど……」
「あたしにも見せてください」
スフィーリアは僕のエッチなイラストにも寛容だったけれど、キーファはどうだろう? そもそも、まだ年端もいかない女の子だぞ? 流石に見せてはいけないのでは? その辺のイラストは見せないようにしないとな……。
「なんですか? あたしには見せられないとでも? スフィーリア様にはまやかしでも見せましたか?」
「そんな特殊能力は持っていないよ。……わかった。キーファさんにも見せるよ」
断ったら要らぬ憶測をされかねない。僕はスフィーリアに良からぬことなど一切していない。
鞄から再びタブレットを取り出し、桜と着物少女のイラストを表示。
タブレット自体に興味を持ったようだが、それは一旦無視し、イラストをキーファに見せると……。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます