第6話 涙

 僕のイラストを見た瞬間、キーファが滂沱ぼうだの涙を流し始めた。


「ええ!? キーファさんまで!?」


 僕のイラスト、何か特殊な魔法でもかかってるの!? 確かに魂込めて描いてはいるけど、見た瞬間に感涙するほどすごいイラストでもないはずだよ!?


「……美しいです。今まで見てきた中で、最も美しい絵です……」

「そこまで言われると照れるのだけど……」

「スフィーリア様があなたを認めた理由がわかりました。アヤメ様。あなたは、確かに世界で最も優れた画家の一人です。国中、あるいは世界中を探しても、あなたを越える画家はいないでしょう」

「……大袈裟だって」

「大袈裟なものですか。太陽の光をそのまま閉じこめたような美しい絵など、他の誰にも描けやしません」


 ……それ、もしかしてタブレットの画面が発光してるから、そう思うだけでは? もちろん、光の表現にはかなりこだわっているけれども。


「……褒めてくれてありがとう」

「こちらこそ、感謝しなければなりません。ここまで美しい絵を一生のうちに一度でも見られたなら、それだけであたしは生きてきた甲斐があります」

「……大袈裟だってば」

「大袈裟ではありません。……そして、あなたが人族であるなら、年齢はまだ十五、六でしょう? その短い人生の中でこれだけの絵を描けるようになるには、日々のたゆまぬ努力があったはずです。その努力に感服すると同時に、最上の敬意を表したいです」


 キーファが立ち上がり、僕の隣にやってきて片膝をついた。右手は胸の前、左手は後ろへ。そして、深く頭を下げる。


「無礼な発言、申し訳ありませんでした。アヤメ様は怪しい賊などではなく、ただひたむきに絵と向き合う画家でありました」

「あの……もういいから。そもそも怒ってないし、顔を上げて席に戻ってよ」


 キーファが小さく頷いて立ち上がる。席に戻ったら、もう一度僕のイラストに見入った。


「……見れば見るほど素晴らしいです。なんと繊細で鮮やか……。人は、こうも美しいものを生み出すことができるのですね……」

「……ちなみに、それを実は僕が描いていないって可能性もあるよね? 他人の絵を、さも自分が描いたみたいに言ってるだけかもよ?」

「それはないでしょう。自身で描いた絵を見せるときだからこその緊張感を感じました。そして、誠実に絵と向き合う者は、嘘偽りで人を騙すことなどしません」

「しないけど……」


 絵師たるもの、他人の絵を自作発言などしないのである。それは犯罪であると同時に、絵師である自分さえも貶める行為だ。


「ふふーん? キーファもアヤメ様の絵に心を奪われてしまったのですね? その気持ち、わかりますよ?」


 トレーにカップを乗せたスフィーリアが戻ってきて、得意げに笑う。

 机にお茶……紅茶かな? を置いて、僕の隣の席に腰掛けた。


「言ったでしょう? アヤメ様は救世主様だって!」

「……救世主は流石に言い過ぎです。あくまでただの画家。どれだけ優れた絵を描こうと、救世主の名を冠するのは荷が重いでしょうね」


 キーファはまだ普通の感性を持ってくれているようだ。良かった。


「むぅ……。神話に出てくるどんな聖者様より、わたしはアヤメ様は素晴らしいと思うんですけどね」

「それは個人の感想です。そもそも、スフィーリア様は神も聖者もさほど敬ってないでしょう? 比較対象になりません」

「それは、確かに」

「……え? スフィーリアって、聖職者だよね? それなのに、神も聖者も敬ってないの?」


 こっちの宗教観がわからない。それが普通のことなのだろうか。


「わたし、ルキアルト教に特別な思い入れはありませんから。色々あって、仕方なく聖女やってるんですよ」

「……聖女?」


 出で立ちは確かに聖女っぽいと思ったが、本当に聖女だったとは。

 でも、聖女というからには、こんな田舎ではなく、もっと栄えた町で大事にされているものではないのだろうか?


「不思議そうな顔をされてますね。こちらの事情、お話します」

「うん。頼むよ」

「あ、でもその前に。キーファ、先に言っておきます。アヤメ様は、先ほどわたしが異世界から召喚しました。出身地は、この世界のどこでもありません」


 スフィーリアの一言で、僕の他のイラストを眺めて泣いていたキーファが、あんぐりと口を開けた。 


「はぁ!? スフィーリア様、異世界人召喚の儀式を成功させたのですか!?」

「ええ、まぁ」

「……再現不可能な魔法と言われているのに、それを復活させてしまうなんて……」

「いやぁ、わたしも本当にできるとは思ってなかったんですよ。ちょっと試してみようかなーって軽い気持ちでやったらできちゃって」

「そんな軽い気持ちで失われた魔法ロストマジックを成功させないでください!」

「てへっ」

「てへっ、じゃないですよ! もう……。こんなのが本部に知られたら、上層部が何を言い出すか……。下手すれば危険人物として異端審問にかけられますよ……」

「とにかく、やってしまったことはもう仕方ありません。本部には、このことは内緒ですよ?」

「そりゃそうですよ……。

 しかし、異世界の人間なら、この変な魔法具も、奇妙な出で立ちも、全く異質の絵にも説明がつきます。……はぁ。スフィーリア様は本当に、やることなすことめちゃくちゃです……」


 再び、てへっ、と微笑むスフィーリア。可愛いのだけれど、たぶん、キーファには気苦労かけているんだろうなぁ……。


「こほん。それじゃ、まずはこちらの事情とか、この世界のことをお話しますね?」

「……うん。お願いするよ」


 スフィーリアは紅茶を一口飲み、それから穏やかな口調で話し始めた。

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