第17話 お願い

 異世界でのキャラクターデザインでありがたいことの一つは、著作権が存在しないことだ。

 思いついたデザインを、何か似通ったものがないかといちいち調べる必要はないし、ぶっちゃけ記憶にあるデザインの丸パクリでも咎められることはない。

 ただ、僕にも絵師としてのプライドがあるから、他の人のデザインを丸パクリなんてしない。ゼロから素晴らしいデザインを生み出すなんてことも到底できるものではないが、何かに影響を受けていたとしても、自分なりにきちんとアレンジを加え、僕のオリジナルだと言えるものには仕上げる。


 一方、とても困るのが、資料がないことだ。タブレットとスマホにはある程度電子書籍として資料があるが、今は電池を減らさないために電源はオフ。日本での自宅には大量の資料があるのに、それを利用することもできない。

 著作権を気にする必要はないとはいえ、たった三日で五十ものキャラクターを考えるのはやはり大変。それでも、無数の神話を聞き、それをキャラクターデザインに落とし込むことを続けた。


 雑にやれば、もちろん簡単にできる。しかし、僕はこれを仕事と思って取り組んでいるし、仕事の絵で半端な妥協はしたくない。

 ……そして、自分でも引くくらい、ひたすらキャラクターデザインに没頭することしばし。

 どれくらい時間が経ったのかはわからない。食欲もどこかに置き忘れていたし、もはやこれが無実を証明するための行為だということさえ忘れていた。途中、トイレ休憩だけ数回挟んだ気がする。

 正直、途中からひたすら楽しかった記憶しかない。

 キャラクターデザインも楽しかったが、スフィーリアの語る神様たちのエピソードも面白かった。

 このままずっと続けたい……などと思っていたら、呆れた様子でキーファが僕たちに声を掛けてきた。


「ろくに食事も摂らず、一体いつまで続けるつもりなんですか? もう日が暮れますよ?」


 窓の外を見ると、空には太陽の残滓が残るのみ。室内はスフィーリアの作る魔法の灯りのおかげで明るいけれど、もう夜に近い時刻。午前九時頃から始めたとして、今は十八時くらい? 九時間くらいは描き続けていたということか。

 日本では十時間を越えて描き続けることもあったから、僕としてはまだ余裕がある。

 ……とはいえ、僕に付き合うスフィーリアの方が心配だ。


「ごめん、スフィーリア。長々と付き合わせちゃって……。疲れたよね……」

「いえ。わたしも楽しかったですし、体力的にはまだまだ余裕です。むしろ、集中して描き続けるアヤメ様の方が心配ですよ」

「僕は平気。絵を描くときだけは、疲れ知らずなんだよね」


 まぁ、本当に延々と描き続けたら、急にぶっ倒れることもあるから要注意なんだけど。


「素晴らしい集中力です。でも、今日は一旦終わりにして、ご飯にしましょう」

「うん……。そうだね」


 まだ描きたいという衝動を抑える。今ならまだもっと良いキャラデザができる気がしてしまうが、シャーペンを置いて深呼吸。


「ふふ。アヤメ様は、本当に絵を描くのがお好きなのですね。まだまだ描き足りないという顔をしています」

「……ほんと、なよっちい体をしているのに、こういうときだけは無限の体力ですか」


 スフィーリアとキーファが、呆れと感嘆の入り交じった溜息。


「僕にとって描くことは……好きとかいうより、呼吸をするのと似た感覚で、常に描いていないと落ち着かないというか……」


 二人から、今度は呆れの成分多めの溜息。そして、スフィーリアがキーファの方を見て、苦笑しながら言う。


「……絵師ってこういう生態の生き物なんですかね?」

「さぁ……。でも、芸術家は変な人が多いとは聞きますし……」

「わたし、まだまだアヤメ様への理解が足りなかったかもしれません」

「スフィーリア様もなかなかのものですよ? 魔法の研究とか、寝食を忘れて没頭しますし」

「あれはあくまでそのときのノリです。呼吸をするように魔法の研究をしているわけではありません」


 ひそひそと二人が会話しているのに、僕は苦笑するばかり。

 こっちはSNSなんてないのだし、世界には色んな人がいるというのは広く知られていない。起きている間ほぼずっと絵を描き続ける人も地球にはいるから、自分が極端に変だと思ったことはなかったな。


「まぁ、とにかく食事です! すぐにお持ちしますから、お二人は待っていてください!」


 キーファがぱたぱたと奥に行き、すぐに夕食を持ってくる。

 日本程食文化が発展しているわけではないようで、パンと肉料理とスープという、僕からすると質素に感じるメニューだった。

 食事をしながら、キーファに本日の成果を見せる。

 九時間で十三柱なので、十分に良いペースだ。


「おぉ……やはり、アヤメ様の絵は素晴らしいですね。神話の神々が、こんなにも可愛らしく、魅力的に描かれるなんて……」


 キーファがノートをぺらぺらとめくり、感涙しそうな雰囲気さえ出している。


「……ありがとう。そんな風に感動してもらえるなら、僕としても、今まで描き続けてきた甲斐があったというものだよ」

「あの、アヤメ様」 

「うん?」

「あたしに、絵を教えていただけませんか?」

「ん? キーファ、絵に興味があるの?」

「んー……そこまでなかったんですけど、アヤメ様の絵を見ていたら、あたしも描きたくなりました」

「それは……」


 非常に嬉しいことだ。

 僕も綺麗なイラストを描く人に憧れて、自分でも描いてみたいと思ったことがある。

 今度は僕が、ただ感動を与えるだけじゃなく、相手の創作欲も駆り立てられるようになれたということか。

 いつかなりたいと憧れた存在に、思ったより早くなれたのかな。

 もちろん、僕以外の絵師が召喚されていたら、キーファは、その誰かに憧れを抱いたのかもしれないけれど。

 僕が感慨に耽っていると、スフィーリアも言う。


「わたしも教えていただきたいです! アヤメ様程の力を身につけるのはずっと先になるかもしれませんが、わたしもこんな絵を描けるようになりたいです!」

「スフィーリアも?」


 僕は少なくとも、二人の人間の心に大きな変化をもたらすことができたのか。

 嬉しい。自分の存在が、大きく肯定された気分。

 日本にいたとき、SNSにイラストを投稿して良い評価をされたことはある。個人からイラストの有償依頼を受けたこともある。

 だけど、それとはまた違った感動があった。


「……今は先にやることがあるけど、それが終わってから、僕で良ければ教えるよ」

「アヤメ様で良いのではなく、アヤメ様が良いんですけどね?」

「そうですよ。こんなに絵を描きたいと思えたのは、アヤメ様のおかげなんですから」


 そんな発言に、僕はまた嬉しくなってしまうのだけれど。

 気恥ずかしさを誤魔化すために、視線を逸らすばかりだった。

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