第16話 異端
イメージを膨らませつつキャラデザを描いていると、僕もふと自分の世界の神話を話したくなった。
「……僕の世界に、ギリシャ神話っていうのがあってね。僕の国の神話ではないんだけど」
「はい、なんでしょう?」
「豊穣の女神アフロディーテは、ちょっと特殊な生まれ方をしているんだ」
「ほほう?」
スフィーリアが興味深そうにしている。神話が好きなのだなぁと実感。
「ウラノスっていう偉い神様がいたんだけど……とある事情で、息子のクロノスが、その男根をアダマスっていう鎌を使って刈り取ったんだ。そして、クロノスがその男根を海に投げ込んだら、そこから豊穣の女神アフロディーテが誕生したんだって」
スフィーリアが数秒惚けて、それから、あはは! と声を上げて笑った。
「え? なんですかそれ! 神様の男性器を千切って海に投げ込んだら、そこから女神が生まれるんですか!? 何をどうしたらそんな展開になるっていうんです!? アヤメ様、わたしが何も知らないからってからかってません!?」
「からかってないって。これ、僕の世界に本当にある神話。誰がどうやって考えたかとかまでは知らないけどさ」
「えー? 一度切り取ってから元に戻すより奇想天外ですよ?」
「神話なんてそんなもんでしょ?」
「ええ、そうですね。神話なんてそんなものです。昔の人は、本当に滅茶苦茶な想像をしたものですよ」
スフィーリアはまだくすくすと笑っている。
日本で女の子にこんな話をしたら引かれそうだけど、スフィーリアは屈託なく笑っちゃうんだね。この辺の感覚は全然違う。
……って、あまりこんなことを続けていたら、納期に間に合わなくなる。キャラデザに集中しないといけない。
ただ、その前に一つ。
「スフィーリアにとって、神話はあくまで物語という認識なのかな? 実際にいる神様の話ではなくて」
「それはそうですよ。神話なんてただの創作で、神様なんていません」
「堂々と神様の存在を否定する聖女様……。イメージとだいぶ違うなぁ」
「聖女であることと、信仰に篤いことは別ですから」
「……そっか。でも、それなら僕も話しやすいかな。僕も、神話はあくまで創作として認識してる。たぶん、実際に神様が目の前に現れでもしない限り、神様を実在するとは思えない」
「それでいいですよ。わたしも同じです」
無神論者の聖女様。
なんだか変な感じ。バイトで巫女さんやってるのと同じ感覚? 日本育ちの僕には、接しやすい相手だけれど。
「アヤメ様が信仰に篤い方じゃなくて良かったです。おかげでわたしと話が合います」
「僕としても、スフィーリアがそういう人で良かったよ」
「ただ、一つ注意です。神様は存在しないという発想は、こっちでは異端の部類です。熱心に神様を信仰しているわけじゃない人でも、なんとなく神様はどこかに存在すると思っていて、敬うべき存在だとは思っています。
だから、安易に余所で『神様なんていない!』と主張するのは避けてください。余計なトラブルの元です」
「うん。わかった」
「付け加えますと、わたし自身、こんなことを言いながら、もしかしたらどこかに神様だっているんじゃないかという気持ちはあります。矛盾しているようですが、この感覚はわかりますか?」
「それは……わかるかな。僕の国では、神様を信じていなくても、悪いことをすると神様から罰が与えられる……みたいに思っている節はある。他にも、なんだかんだ生活の色んなところで神様を感じてるんだ」
七五三はあるし、初詣にも行くし、家を建てれば地鎮祭をするし、お守りも持っている。
そのくせ自分を無宗教だと思っている人が大半なのだから、不思議な宗教観。
「アヤメ様の世界のこと、もっと知りたくなってきました」
「……その時間は、今はないよ。神様たちのデザイン、先に進めよう」
「仕方ないですね。もー、誰ですか、アヤメ様にそんなことを強いたのは」
「……さぁ、誰だろうねぇ?」
「いや、本当に、誰なんでしょうねぇ?」
とぼけまくるスフィーリアは、本当にいい根性していると思うよ。
それからも、引き続き色々な神様のことを話してもらった。
もっと厳格で威厳たっぷりなものを想像していたのだけれど、案外人間臭かったりわがままだったり。神様なのにそれでいいの? と突っ込みを入れることもしばしば。
「他国の神話ではどうかわかりませんが、この国に伝わる神話では、神様たちは実に個性豊かで奔放です。そのくせ、たまに人間たちの身勝手さに怒って天罰を下すこともあるので、ふざけんな、っとイラッとすることもありますね」
「相変わらず聖女らしくないお言葉」
「さっきも言いましたが、神話なんて所詮は創作です。人間の想像で造り上げられた神様なんかに、全てを捧げて信仰するほどの価値はありません」
「……それもまた宗教関係者としては問題発言のような」
「他の方には内緒ですよ? バレると異端審問されかねません」
「うわぁ、ガチでヤバイ発言だった……」
「ふふ? 言わなきゃ平気ですよ。安心してください」
時に脇道に逸れながらも話を聞き、神様たちのデザイン作成を続けていく。
神話自体もなかなか面白かったのだが、この世界の文化を知ることにも繋がっていて、ただキャラクターデザインをする以上の学びがあった。
急遽入ったお仕事だったけれど、単なる作業などにはならず、とても充実した時間となった。
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