第32話 聖女

 年齢は十二、三歳くらい。髪色は淡いオレンジで、ボブカット程度の長さ。ツギを当てた古びた衣服や、少し痩せすぎな印象から、生活に余裕のない子であることが察せられた。そして、猫耳と尻尾を持つ獣人だ。


「どうされました?」


 スフィーリアが優しく尋ねると、獣人の女の子はスフィーリアの服の袖にしがみつく。


「妹を助けてください! 体の具合が良くないんです!」

「それはいけませんね。案内してください」


 スフィーリアは即座に応えた。スフィーリアの回復魔法を当てにしていて、そして、おそらく報酬を支払うこともできないだろうと、察しているはずなのに。


「こちらです!」


 女の子がスフィーリアを引っ張っていく。僕とキーファもそれを追いかけた。

 十分程歩き、路地裏の少しじめじめした雰囲気の地域にたどり着く。いかにも怪しい連中がたむろしていることはないけれど、女の子が来るには似つかわしくないように思う。

 そして、かなり古びた四階建て住居に案内される。僕も入って良いものかと迷ったが、スフィーリアが僕とキーファも入るよう促してきた。

 女の子の住む部屋は四階にあり、四畳半ほどの広さだった。部屋にはベッドが一つあり、そこで猫耳獣人の女の子が寝ている。寝ている子の方が髪が長いが、顔の造形はよく似ていた。

 病気なのか、頬は赤く、額に汗が浮かぶ。呼吸も辛そうだ。普通の風邪のようにも見えるが、素人判断は怖い。

 スフィーリアはベッドの傍に座り、寝ている子の状態を確認。壊れやすいガラス細工を扱うような丁寧さで、優しく女の子に触れている。


「あの! ミィナ、大丈夫ですよね!? 治りますよね!?」


 泣きそうな声。とても大事な妹なのだろう。

 スフィーリアは、ある意味よそ行きの、しかし慈愛のこもった微笑みを浮かべる。その笑顔を見せられただけで全ての不安が払拭されるようで、スフィーリアが聖女であるということを痛感させられる。


「大丈夫ですよ。難しい病気ではありません」

「本当ですか!? あの、治してもらいませんか!?」

「ええ、いいですよ」

「ありがとうございます!」

「ただし、お礼はちゃんといただきますからね?」

「はい! なんでもします!」

「安易にそんなことを言うものではありませんよ? けど、とりあえず、先に治しちゃいましょうか」


 スフィーリアが両手で杖を持ち、唱える。


「患い苦しむ者を救いたまえ。癒しの繊手せんしゅ


 スフィーリアとミィナの体が桜色の光を放つ。宵闇に輝く月明かりのように、心を穏やかにしてくれる光だ。

 その光もは十秒程度でなくなり、ミィナが安らかな寝息を立て始める。熱っぽい様子もなくなった。

 癒しの魔法か。相変わらずすごい威力だな。


「これでもう大丈夫です。ゆっくり寝かせてあげてください」

「ありがとうございます! ミィナ……良かった……」


 ボブカットの女の子がぺたんと座り込んで泣き始める。スフィーリアがその体を抱き、頭を撫でた。


「とても不安でしたね。でも、もう大丈夫。ミィナさんは無事です。そして、不安な中、あなたもよく頑張りました。ゆっくり休んでください」


 泣き声が大きくなる。よほど心細かったようだ。でも、そうだよね。察するに親はいないようだし、二人だけで暮らしている様子。その大事な家族が死んでしまうかもしれないと思ったら、精神的な負担は計り知れない。

 ここは日本じゃない。たぶん、風邪一つでも命を落とす人がいる。彼女の涙は、きっと大袈裟ではない。

 それにしても。

 スフィーリアがこうして聖女らしい振る舞いをしているのも、途轍もなく似合っている。

 年相応のお茶目な雰囲気も好きだけど、こんな大人な雰囲気を出されると、ギャップで一層魅力的に見えてしまう。

 どうしても胸が高鳴って、スフィーリアに触れたいなぁなんて、場違いなことを思ってしまった。

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