第33話 雇う
病気で寝ていたのは妹のミィナ、スフィーリアを呼びにきたのは姉で、ティアと言うらしい。
泣き止んだティアから教えてもらったのだが、そのティアはベッドの端に居住まいを正して座り、申し訳なさそうに俯いている。
「あの……ごめんなさい。せっかく治してもらったのに、お金も差し出せるものもなくて……」
寝ているミィナを気遣ってか、申し訳なさからか、その声は小さい。
「だと思いました。お金もないから、わざわざわたしを探したんですよね?」
「はい……。たまに町にやってくる聖女様が、お金のない人のことも救ってくださると噂では聞いていて……。自由兵のギルドで、今日丁度来ているという話も……」
「あまりそういう噂は流してほしくないんですけどね。無報酬で怪我や病気を治してもらえるのが当たり前だと勘違いする人もいるので」
「ご、ごめんなさい、これが当たり前だとは思ってませんし、できることがあるならなんでもするつもりです!」
「では、ちょっとお手伝いを頼みましょうか。今後は色々とやることが増えますから」
「はい! できることなら、なんでもします!」
「ありがとうございます。ちなみに、今はどこかで働いていますか?」
「……いえ。料理店で働いていましたが、解雇されました。ミィナも一緒だったんですけど、ミィナは体調を崩して休んだらすぐ解雇されて、わたしも、看病のために一日休ませてほしいって言ったら、もう来なくていいって……」
劣悪な労働環境……。教会施設での生活では気づかなかったけれど、決して皆が豊かに暮らしているわけじゃないんだな。
「他にご家族は?」
「いません」
「……なるほど。うーん……じゃあ、もううちに来ちゃいますか?」
「え? どういうことですか?」
「仕事がないなら、うちで働きませんか? あ、別にルキアルト教に入信しなさいとかいうつもりはありませんから、安心してくださいね」
「え? え? 聖女様の元で働かせてもらえるんですか?」
「そういうことです。あと、この家も引き払っちゃいましょうか。住み込みで働いてください。ミィナさんも一緒に」
「わたしたちに、家まで与えてくださるんですか?」
「そういうことになりますね」
ほわわわ、とティアが呆気にとられた顔をする。ベッドから立ち上がり、深々と頭を下げた。
「ありがとうございます! 精一杯勤めます!」
「悪い扱いをするつもりはありませんが、仕事の内容を聞く前からそんなに感謝するものではありませんよ? ぎりぎり生きていける程度の劣悪な環境で働かされるかもしれません」
「そんなことは絶対ないって、信じてます!」
「……まぁ、いいでしょう。そうと決まれば、この部屋を引き払う準備もしてください」
「わかりました!」
「急ぎませんから、ミィナさんの具合が落ち着いてからで大丈夫です。そうですね……明日、また来ます。そのときに引っ越しをしましょう」
「はい!」
「それと……これもお渡ししておきます。わたしが迎えに来るまでに、しっかり食べて元気を蓄えておいてくださいね」
スフィーリアがラティに五千リルカを渡す。
「え? え? こ、こんなのを受け取ってしまっていいんですか!?」
「あげるわけではありませんよ? 働いて返してもらいますから」
「わ、わかりました! 働いてお返しします!」
「はい。お願いしますね」
ティアの目には、スフィーリアが神様くらいに見えているのだろう。その目がきらきらと輝いて、命さえも気軽に差し出してしまいそう。
二人の関係がどうなるか少し心配だな……。ティア、スフィーリアを慕いすぎなければ良いのだけれど。
「それでは、明日の朝、市場が開く頃にここに迎えに行きます」
「わかりました! お待ちしています!」
スフィーリアの微笑みに、ティアは盲目的な信徒のような目を向ける。
僕とキーファのことは全く見えていない様子だなぁ。
「ちなみにですが、二人は絵を描くことに興味はありますか?」
「へ? 絵を描くこと、ですか? わたしは……苦手です。でも、ミィナはそういうの好きですよ」
「それは良いことを聞きました。強制はしませんが、わたしのところで絵を描いていただくことになるかもしれません。詳細は明日。では、またお会いしましょう」
「わかりました。また明日っ」
さて、ティアたちの家を後にして、僕たちは表通りを歩く。
「スフィーリア、大丈夫? ティア、スフィーリアを女神様くらいに思っていそうだったよ?」
「うーん、ちょっと心配ですが、一緒に過ごしていれば、わたしが女神様などではないこともわかるでしょう」
「……案外、やっぱり女神様だって思っちゃうかもよ?」
「そうですか? わたし、女神様に見えてました?」
「うん。割と」
「うーん、困りましたね。アヤメ様には、女神様じゃなくて、一人の女性として見てほしいのに。これは、もっと積極的に色仕掛けした方が良さそうですね?」
「それは違うんじゃないかな!?」
「いえいえ、勘違いが定着してからでは遅いのです。わたしが所詮一人の女であることをもっときっちりと理解していただいて、決して間違いが起きないようにしなければ!」
暴走しそうになっているスフィーリアの背中を、キーファが強めに叩いた。
「落ち着いてください。心配しなくても、アヤメ様は女神様相手でも欲情する見境のない男性です」
「ふむ。それなら安心ですね」
「キーファはフォローしてくれているのか、なんなのか……」
ティアの一件以降は、特にイベントらしいことも起きなかった。食事をして、無難に町を見て回り、午後三時くらいには中心街を後にした。
帰りにもまた
教会前に降りたったところで、スフィーリアがするりと僕に腕を絡めてくる。柔らかいものも押し当ててくる。
「アヤメ様、お疲れでしょう? 少し早いですが、一緒にお風呂でもいかがです?」
「ま、まだ早いって! それに、お風呂は一人で入れるよ!」
「わたしが一人では入れないんです。アヤメ様、介助をお願いします」
「なんで急に入れなくなるんだよ!?」
「もう! 一緒にお風呂はいるくらいいいじゃないですか! わたしだって普通に性欲のある人間なんですからね!」
「それはわかってるけど! でも、お風呂とかそういうのはまた話が違うよ!」
「わたしがアヤメ様の性欲処理をするので、アヤメ様はわたしの性欲処理をしてください!」
「キーファの前でよくそんなことを堂々と言えるね!?」
キーファは、やれやれ、と肩をすくめるだけ。この子、精神強すぎじゃない?
「お風呂のお湯、汚さないでくださいね。あたしは少し絵の練習をして、それから夕食の準備をします。では」
キーファは去り、僕とスフィーイアが残される。
「さ、まずはお風呂に行きましょう!」
抵抗する気力は、残念ながら沸かなかった。
僕も男の子なのである。仕方ない。
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