第27話 空
翌朝。
僕、スフィーリア、キーファの三人は、予定通りナギノアの中心街に向かうことになった。
徒歩だと三十分程かかるらしいのだけれど、スフィーリアの従魔を利用するとすぐ着くらしい。
そして今、屋敷の裏庭に、その従魔である一羽の巨大な鳥が鎮座している。
この近辺で暮らしているわけじゃなく、スフィーリアの召喚魔法で必要に応じて呼び出せるらしい。
「綺麗な鳥だなぁ……」
キュリヴィズを仰いで呟くと、スフィーリアが目を細めながら尋ねてくる。
「わたしとどっちが綺麗ですか?」
「ええ? 精霊獣と人間を比べるのはちょっと……」
「どっちですか?」
「……スフィーリアの方が綺麗だよ」
むふー、とスフィーリアが微笑む。精霊獣より綺麗と言われて、どれだけ嬉しいものなのかは不明。
「朝からなにやってんですかねー。あんまりいちゃいちゃしてると、キュリヴィズが嫉妬しちゃいますよー」
キーファは呆れながら、キュリヴィズの柔らかそうな羽毛に埋まってもふもふしている。何それ僕もやってみたい。
「……この子、僕が触ったら怒るかな?」
「怒りますから、アヤメ様はキーファの真似をしてはいけません。温もりが恋しければ、こちらへどうぞ」
スフィーリアが満面の笑みで両手を広げる。つまり、キュリヴィズではなくスフィーリアに抱きつけ、と?
それはそれで大変素敵なお誘いなのだが、ここでやるのはためらわれる。
「どうされました? アヤメ様は、精霊獣に抱きつけても、わたしに抱きつくことはできないとおっしゃるのですか?」
「そういうことじゃなくて……」
「わたしとアヤメ様の仲ではありませんか。抱き合うくらい、朝の挨拶と同じくらいの気安さでやってくださいよ」
「……いやいや、僕の国では、そういうのは人前でやらないものでね」
「人前以外で抱きつかれたら、わたし、そのままアヤメ様を組み敷いてしまいますよ? それでも宜しいのですか?」
「それもよくはないのだけれど……えっと……」
僕がおたおたしている姿を見て、スフィーリアはくすくすとおかしそうに笑う。本当に悪戯っ子なんだから……。
ここで、キュリヴィズが首を伸ばして、くちばしをスフィーリアの頬に押しつける。嫉妬? しているらしくて、甘えた子供のような鳴き声を出した。
「あらあら。そんなに寂しそうにしなくても、キュリヴィズのこともちゃんと見てますよ。安心してくださいな」
スフィーリアがキュリヴィズの頭をわしゃわしゃと撫でる。蒼い目が心地よさそうに細められていた。
生き物を慈しむ姿を見ていると、スフィーリアが聖女であることを思い出す。神聖な空気を感じ、光の粒が舞っているようにさえ感じられる。
本人はたまたま聖女というジョブを得たから聖女をしているだけと言っているけれど、本質的に、やはりスフィーリアの精神には特別なものを感じてしまう。
「さ、そろそろ行きましょうか。キーファ、先に乗ってください」
「はーい」
キュリヴィズは巨鳥で、背中まで二メートル程の高さがある。どうやって乗るのかと思えば……キーファは普通に飛び乗った。軽い調子で跳んで、そのまま背中に到達した。
こっちの人……身体能力高すぎ。魔法の力もあるのだろうけれど。
「アヤメ様、失礼します」
「おっと?」
スフィーリアに抱えられる。いわゆるお姫様だっこだ。
男の側がこれをされるのは何とも気恥ずかしい。
「よっと」
スフィーリアも軽い調子で跳んで、そのまま背中に到達。パワフルな聖女である。
キュリヴィズの背中には鞍が設えられていて、僕はその後ろ端に下ろされた。
スフィーリアが僕の前に座り、先頭はキーファ。手綱を握っているのはスフィーリアだ。
ちなみに、今日は自由兵ギルドに回復薬を納品に行くため、スフィーリアは大きめの肩掛け鞄も持っている。杖もあるからそれなりの荷物なのだけれど、スフィーリアは平気そう。
「アヤメ様、少し揺れますから、決してわたしを離さないよう、しっかり抱きついてくださいね? 振り落とされたら死にますよ?」
「……えっと、うん」
少々ためらいつつも、スフィーリアの背中にぴたりと体を寄せ、腰に手を回す。
その柔らかさも、温もりも、甘い匂いも、あまりにも心地良い。キュリヴィズをもふることはできなかったけれど、スフィーリアを抱きしめる方がずっといい。
「……アヤメ様。お尻にちょっと当たってますよ?」
「当たってないだろ!? 濡れ衣だ!」
「ふふ? 冗談です。でも、当ててくださっても構いませんよ?」
「僕は常に欲情してる獣じゃないっ」
「そうですかそうですか。わたしの魅力が足りないというわけですね。じゃあ、脱ぎましょうか?」
「脱がないでいいから!」
「……さっさと出発しましょう。惚気は帰ってからにしてください」
キーファが溜息混じり言うと、スフィーリアも気を取り直す。
「では、行きますよー」
キュリヴィズが大きく翼を広げ、飛んだ。
「うわっ、飛んだ!」
「それは飛びますよ。キュリヴィズが全力疾走し始めたら笑っちゃいます」
高度が上がる。すぐに、人が米粒くらいに見えるようになった。
飛行機で空を飛ぶことはあったが、あれは室内という安心感があった。今はむき出しの状態なので、落ちたら死ぬという恐怖感がじわじわ心を蝕む。景色を楽しむ余裕がない。ただ、風は思ったより少ないので、何か魔法で守られているのかもしれない。
「……あ、縮みました?」
「そもそも大きくなってない!」
どんどん景色は変わっていく。時速でいうと五十キロくらいは出ているのかな?
体感的には五分程度で、中心街の町並みが見えてくる。教会のある地域とは違い、建物が密集しているし、円形に外壁が走っている。遠目には、煉瓦作りの家が多いように見えた。中央の大きな建物には、町の長でもいるのだろうか。近くに川が流れていて、町の人の水源になっているのだと想像できた。
程なくして、キュウリヴィズが降下を始める。短い空の旅だった。
キュリヴィズが外壁付近の地面に降り立ったが、その背中から降りるのも簡単ではない。スフィーリアが僕の手を引き、落下するように降りたって、地面に衝突する直前にふわりと体が浮いた。地面への穏やかな着地。
「アヤメ様、お疲れさまでした」
キーファも地上に降りたら、スフィーリアがキュリヴィズを抱きしめてわしゃわしゃ。キュリヴィズも心地良さそうにキュィイと鳴いた。
それから、スフィーリアは鞄から黄色の石を取り出す。拳大で、淡く発光している。それを差し出すと、キュリヴィズが嬉しそうに一飲み。
「帰りもお願いしますね」
「キュィイイ!」
スフィーリアが杖を振ると、キュリヴィズが光の粒子となって霧散した。
「ねぇ、スフィーリア。今の石は何?」
「モンスターから取れる魔石を加工して、わたしの魔力を込めた魔法石です。人間は食べられませんが、キュリヴズのような精霊獣には美味しく感じられて、体に魔力が満ちます」
「へぇ……。そんなこともできるんだね。スフィーリアは本当に多才だ」
「わたしは熱心な聖女ではないので、本職をほどほどに、自分の興味に合わせて色々身につけたんですよ」
「なるほどね」
その熱心じゃないところが、接しやすさにも繋がっているんだろうな。
「では、中心街に行きましょうか?」
スフィーリアが僕の手を引く。が、そこでキーファが止める。
「聖女様と修道徒が、町中を恋人みたいに歩くのはどうかと思いますよ?」
「むむ……。仕方ありませんね。手を繋ぐのは控えましょう」
スフィーリアが深く溜息。
それにしても、キーファが一番年下のはずなのに、一番のしっかり者に見えてしまうな。お姉ちゃんの暴走を食い止める、冷静沈着な妹という感じ。
僕とスフィーリアだけでいるより、キーファと三人でいる方がバランスがいいのかも?
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