第28話 自由兵ギルド
外壁の内部に入る際、門番から簡単な身元確認があったけれど、特に詳しい素性調査はなかった。警備ってこの程度でいいのかなと心配にもなったが、これはスフィーリアが一緒だかららしい。見知らぬ男が単独でやってきたら、もっと詳しく調べられるそうだ。
なお、外壁が設けられているのは、モンスターの襲撃などの非常事態に備えてのこと。外壁内で生活する人は一万人程度で、お偉いさんから一般市民まで、様々。そして、農耕、牧畜などの生産活動は外壁の外で行われているし、それに合わせて農民なども外部に家を持つ。外壁内で全ての生産活動まで行うには土地が足りないようだ。非常時には外壁内に農民たちが逃げてくることもあるが、数年に一度あるかどうか。
外壁があるだけでファンタジー感が増すよなぁ、なんて思いながら町中に入る。
内部には建物が密集していて、五階建てというのも珍しくない。狭い土地を有効利用するために自然と背の高い建物は増えるそうだ。
大通りには色んな人がいて、獣人やエルフもいる。特に獣人については興味を引かれてしまった。猫耳の女の子をじろじろ見ていたら、その子は怪訝そうな顔で足早に去っていった。そんなに怪しい人に見えたかな……。
「アヤメ様、獣人がお好きなのですか?」
からかうようにキーファが言った。
「え? いや、もちろん嫌いじゃないけど、僕、獣人って初めて見たからさ」
「そうなのですか? アヤメ様の故郷では、もしかして人族以外は住めないとか?」
「人族しか住めないんじゃなくて、人族しかいないんだ」
キーファが怪訝そうな顔をする。一歩先を行っていたスフィーリアも振り向き、不思議そうな顔。
まだ、ちゃんと僕の世界のことを話していないんだったな。そろそろ話さないと。
それにしても、おそらくこの二人は、ここと同じような世界に僕が住んでいたと思っているのだろう。だいたい同じだけど所々違う、というくらいの予測。全く違う科学文明の世界で、さらにここでいう人族しかいないなんて想定外過ぎるのだろう。
「詳しくは今夜にでもちゃんと話そう。たぶん、すごく時間がかかるよ。全然違うところだから」
「ふぅん? 気になりますね」
「今すぐでも聞きたいですけど、帰ってからにしましょうか。ひとまず自由兵ギルドに向かいましょう」
「うん。……そういえば、自由兵ギルドってどんなところ?」
首を傾げると、キーファが説明してくれる。
「具体的には、ダンジョン探索を主とする探索者、戦闘を請け負う傭兵、雑多な依頼をこなす便利屋などの集まってるギルドです。
探索しかしない探索者もいますけど、色んな仕事をこなす人が多いので、総称として自由兵という名前がついています。特定の仕事に就いてない人とか、副業的にやってる人とか、中身は色々ですよ」
「そういうのがあるんだね……」
日本にはない職業。冒険者という表現の方が馴染みがあるけれど、ここでは自由兵と呼ぶのだな。
「アヤメ様も自由兵ギルドに登録してはいかがです? 身分証を作ってくれますよ。あたしとスフィーリア様も登録はしてます」
「身分証を? 出自もわからない奴に?」
「出自のわからない人なんて、ある程度規模の大きい町ならいくらでもいます。軽い人柄確認はありますが、数あるギルドの中で自由兵ギルドは一番登録しやすいんです」
「そっか……。僕、戦う力なんてないけど、大丈夫かな?」
「平気です。雑用だけやって小遣い稼ぎしてる子供もいて、必ずしも戦闘力は必要ありません」
「そっか。ならいいか」
「ただし、自由兵ギルドに入るからには、ギルドのルールに違反すると罰則があります。法律的には大丈夫なことでも、ルール違反はしちゃいけません。
自由兵同士での酷い喧嘩とか、自由兵以外の一般人への暴力行為とかは特に厳しく取り締まられます。まぁ、アヤメ様には関係ないかもしれませんが」
「僕、人を殴ったことさえないよ」
「よくそれで生きてこられたものですね。よほど平和な町で育ったのでしょう」
「……そうかも」
戦う力が必ずしも必要ないというのは、こっちの世界としては異常なことなのだろう。意識していなかったが、とても恵まれたことなのだ。
五分弱歩いて、自由兵ギルドに到着。堅牢で厳つい四階建ての建物で、所々に旗が掲げられている。剣とドラゴンが描かれていて、力強い印象があった。
内部に入ると、僕たちに視線が集まる。いや、注目されているのはスフィーリアかな。主に男性陣の顔がほっこりしている。スフィーリアは、ここではアイドル的な存在のようだ。町中を歩いているときも、よく視線を集めていた。
ギルド内には自由兵らしき人が三十人ほどいて、うち八人が併設された酒場で朝食を摂っていた。職員は、見える範囲で十人程いて、受付やデスクワーク、配膳などをしている。
「スフィーリアさん! 今日は回復薬を卸しに来たの?」
気さくに話しかけてきたのは、自由兵の中でもイケメンの部類の青年。二十歳くらいの人族で、腰に剣を帯びている。
「テンシアさん、おはようございます。回復薬の卸しと、巡回もしますよ。お怪我はありませんか?」
「それが……スフィーリアさんの姿を見た途端、胸が酷く痛むんだ。この傷みに効く魔法や薬はないかな?」
「胸の痛みですか……。それは良くありませんね。錯乱の魔法はいかがでしょう? 傷みなど忘れて、すっかり元気になれますよ?」
「ははは……相変わらずスフィーリアさんはお茶目だなぁ」
「ふふふ?」
いつもこんなやり取りをしているのだろうな。一線は引いているものの、親しげな雰囲気だ。
「テンシアさんにお怪我がないようでしたら幸いです。これからも、お体を大事になさってくださいね?」
「そうだな。気をつけるよ」
「それでは、わたしはギルドの方へ回復薬を卸しますので、必要でしたらギルドよりお買い求めくださいませ」
「うん。わかった。全部買おう」
「それはダメです。回復薬を必要としているのは、テンシアさんだけではありませんから」
軽く言葉を交わした後、スフィーリアは回復薬を自由兵ギルドに卸す。
回復薬は
回復薬を五十本用意してきたので、十五万リルカの収入。スフィーリアとしては、回復薬はいつでも作れるし、需要がなくならないので、とても良い商品なのだとか。
スフィーリアが卸した直後、それを売ってくれと自由兵が殺到。即座に売り切れてしまった。
そして、回復薬を入手したテンシアがスフィーリアの元に寄ってきて、不意にスフィーリアの手を取る。
「いつもありがとう。スフィーリアさんの回復薬が一番効き目がいいんだ」
「おだてても営業スマイルくらいしか出てきませんよ?」
「俺にはそれで十分さ。これから十日間、不眠不休で戦い続けることだってできる!」
「それは素晴らしいことです。でも、頑張りすぎてはいけませんよ?」
笑い合う二人。スフィーリアの浮かべているものが単なる営業スマイルだとはわかっていても、もやっとするものはあった。
「嫉妬してるんですか? 安心してください。あれは完璧に営業用の振る舞いですから」
キーファが愉快そうに指摘してくる。そんなに顔に出ていたか……。
営業スマイルだとはわかっている。そのくせやはりあまり気分が良くないと思ってしまったのだから、僕もどうかしているよ。
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