第48話 幕
「この中には、ルキアルト教以外の神、つまりは邪神が奉られているという話です。中を覗くべきではありません」
礼拝堂の前にて、リーキスがルリエに進言。
ルリエが何かを応える前に。
「はぁ? 邪神だと!? あの中には俺たちの神様もいる。つまり、俺たちの神様を邪神って言ったのか!?」
「我らの神を邪神扱い……。小娘。覚悟はできているのだろうな?」
ついてきていたギージャとユトピスが激高。それはそうだ。自分たちの大事な神様をバカにされたら怒るに決まっている。
しかし、リーキスは二人をあざ笑う。
「邪神を邪神と呼んで何が悪いのです? ルキアルト教以外の神は全て邪神です。当然ではありませんか」
そういう論理は一神教的な発想だと思うのだけれど、リーキスの中では違うらしい。
たぶん、彼女の中では、神話の捉え方が大きく歪んでいる。どうしてなのかは不明だが。
「……そうかい。そっちがその気なら、やるしかねぇな」
「お前は、我らエルフ全てを敵に回した。覚悟せよ」
ギージャが斧を構え、ユトピスの杖が光り始める。
一方、リーキスとトビーも戦闘態勢。
一触即発の緊張感が漂う中、両者の間にルリエが割り込む。
「おやめください。我が同胞、リーキスが失礼致しました」
慇懃に頭を下げる。ギージャとユトピスは気勢が削がれたようだが、まだ武器は納めない。
「言っていいことと悪いことがあるだぜ? そんなことも知らんのか?」
「あの侮辱は、謝って許されることではないぞ」
「……申し訳ありません。彼女はまだ、子供なのです」
「その言い訳が通用するほどガキじゃあるめぇ」
「常軌を逸した振る舞いだ」
「……申し訳ありません。ただ、こちらとしても、リーキスを失うわけには参りません。後で叱っておきますので……どうか、お納めください」
ルリエが腰に差した剣に手をかける。
それだけで、ギージャとユトピスが引いた。
……実のところ、僕にはよくわからないのだけれど、たぶん、魔力とかオーラ的な何かによって、二人は圧倒されたのだと思う。
「申し訳ありませんでした。……リーキス様。発言にはご注意を。
とにかく、見もせずに何かを判断することもできません。……スフィーリア様。中を」
「……わかりました」
スフィーリアが礼拝堂の扉を開け、ルリエを中に招き入れる。
「ほぅ……」
日の光が射し込むその室内を見た瞬間、ルリエの顔がぱっと華やいだ。
「これはこれは……美しい」
入り口から見える正面の壁には、メインとなる壁画が描かれている。
それは、桜の花が咲き誇る中で、多種多様な神々が仲睦まじく花見をしている光景。
色々と、案はあった。僕としては、この国に馴染みのない桜を描いても良いものかという迷いもあった。
しかし、他の人の意見も聞いてみたところ、ある意味異国情緒溢れる雰囲気が、むしろ良いということになった。
この国で馴染みのある場所というと、それはどこか特定の種族にとって深い関わりのある場所になりうる。特定の種族を、優遇しているようにも映る。
だから、この国のどこにもない風景が、最適とされたのだ。
また、神々が仲良く暮らしている様というと、食事をしている風景が思いついていた。なら、花見をしている感じがいいなと思ったのだ。
多様な神々の共演。
ただ仲良くしているばかりではなく、エルフ族の信仰するとある女神と、ドワーフの信仰するとある女神は、隣同士に座って睨み合っている。
仲良くしているわけではない。でも、お互いを認め合っているような、そんな雰囲気にした。
もちろん、ルキアルト教の神々もいる。といっても、三柱だけ。
愛と豊穣の女神、正義の女神、戦の女神の三柱だ。
一応、設定上は、この三柱が宴会を開き、多種族の神々をもてなしている。寄り添い合ってはいないけれど、同じ雰囲気の服を着て、協力している。
ちなみに、なのだが。
こっそりと、という程こっそりしていないのだが、日本の
それと……忘れてはいけないことなのだが、登場しているのは全て女神で、半数以上は上半身がはだけている。半裸の女神もいる。
本当にそれでいいのか!? と迷った。しかし、協力してくれた人、色々と相談した人は、全会一致で問題ないとのことだった。なので、問題ないということにした。
「……素晴らしい壁画ですね。独特な絵柄、絵画表現もさることながら……多種族の神々との融和を計ろうとする姿勢に、非常に感慨深いものがあります。さらに……側面にも、無数の神々ですか」
側面には、各種神々の一枚絵を可能な限り詰め込んだ。総勢で何柱になるかは、途中から数えていない。百か、二百か……とにかく、たくさん。
そして、ある意味、絵師三十人展くらいにはなっている。
僕が全ての絵柄を決めたのではなく、それぞれの意見を聞き、それを反映させている。
僕一人では、絶対に描けなかった。
ここまで多様にできたのは、皆の協力があったおかげだ。
バカみたいに疲れたけど。
この達成感は、生涯に一度だけのものになるだろう。
「……なるほど。素晴らしい礼拝堂ができていますね。そして……この壁画の責任者は、もしやその少年ですか?」
ルリエが僕を見る。
「あ、はい。そうですけど、よくわかりましたね」
「我が子を見るような、温かな視線でしたから」
「……そうかもしれません」
「素晴らしい画家ですね。私はルリエ・シンフィート。あなたのお名前は?」
「僕は……アヤメ・シキです」
「アヤメ・シキ。不思議な響きのお名前です。覚えておきます」
その微笑みは魅力的で、一瞬どきりとしてしまう。
スフィーリアが、むっとした顔で見てきたので、すぐに素知らぬ顔をしたけれど。
「……なるほど。お二人は、そういうことですか。
しかし……本当に素晴らしいですね。この世界に、こんな絵を描ける者がいたとは……。いやはや、世界は広いものです。
そして、全ての条件を達成したスフィーリア様は、身の潔白が証明されたということですね」
「待ってください」
口を挟んだのは、リーキス。
「こんな、余所の邪神を奉る礼拝堂など、あっていいわけがないでしょう? こんな場所、即刻焼却すべきです!」
「いい加減にしてくれ!」
思わず叫んで、あ、と後から自分で驚く。
リーキスに睨まれる。もうこの際だからと、リーキスを睨み返し、続ける。
「この中に邪神なんていない! いるのは、この世界の人々を守ってきた優しくて強い神々だ! やり方は違っても、考え方は違っても、皆、尊い神様なんだよ! 自分の信じる神様と違うってだけで、邪神呼ばわりなんてするな! お前は何もわかっってない!」
「ただの一般人が、私に話しかけるな!」
「お前は一体何様のつもりなんだ!? 聖女であれば、何を言っても、何をしても、許されると思っているのか!?
お前が何を言っているのか、何を考えているのか、僕には全く意味がわからない!
お前はただ、いたずらに争いを生んでいるだけだ!」
「お前と交わす言葉などありません!」
完全なる拒絶。僕にはどうしようもない相手、か。
冷静に見ていたルリエが引き継ぐ。
「……判定する役割を担うのは私です。私の決定に異論は許しません。異論があるようでしたら……私と、戦いますか? 戦の女神に仕えし聖女である、この私と」
リーキスが悔しそうにルリエを睨む。
どうやら、ルリエは本当に圧倒的な強さを誇るらしい。彼女自身が戦の女神であるかのようだ。
「では、私の仕事は終わりですね。スフィーリア様、今後はいかがされますか? 王都に帰還を望みますか?」
「いえ、王都には戻りません。ここに残ります」
「そうですか。……資産などはいかがされます? 数億リルカはあったかと思いますが」
「もう、全部ルリエ様にあげます。好きに使ってください」
「わかりました。私の意志で有効活用させていいただきます。それでは、以上です。私は王都に帰還します」
「はい。お疲れさまでした」
「あなたこそ、茶番に付き合うのは大変でしたね」
ルリエが去っていく。
リーキスたちも続くかと思いきや。
何かをぶつぶつと呟いていたリーキスが、杖を構える。
「こんな場所、あり得ません!」
何かの魔法を使ったのはわかった。
そして、ルリエが即座にそれに反応したのもわかったのだけれど。
ルリエがリーキスをとめる前に、一瞬、着物姿の少女が見えた気がした。
直後、リーキスが倒れる。気を失っているらしい。トビーが支えた。
「え? 今の……」
驚いていると、皆の視線が僕に集まる。
「……アヤメ。何をしたの?」
代表してか、ジト目のスフィーリアが口を開いた。
「え? いや、僕は、何も……」
「今の、アヤメのところの女神様だったよね?」
「……僕には、さっぱり」
「そう……。ジョブ、神絵師……。その力はずっと不明だったけど……」
疑問を残しながらも、とにかく、一件落着……ということになった。
長いような、短いような、半年間の戦いが、終わった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます