第46話 怒濤
怒濤の一ヶ月だった。
僕は弟子三人に、かなりハードに絵の技術を教えた。
絵を描く喜びより、絵を描く技術ばかりを叩き込むのは心苦しかったのだけれど、三人は淡々と技術を習得していった。
『アヤメ様のせいで描くことをちょっと嫌いになりました』
キーファにはそんな愚痴を言われてしまった。心底うんざりしている風ではなかったので良しとしよう。
スフィーリアにも技術を教えたいところだったのだけれど、今回は主に金策に動いてもらった。
礼拝堂を超特急で建て直すのに、四千万リルカかかるらしい。
一括で払う必要はない。支払いは少し待ってくれるという。
しかし、悠長に構えて良い金額ではなく、スフィーリアはお金になることをなんでもやった。
回復薬を売りさばくだけじゃなく、積極的に怪我人を治して回った。さらには、僕たちが使っている絵の具も販売開始。事前にイラスト付きのお守りを売りさばいていたせいか、町の中で絵を描くことが流行り始めていたらしい。比較的安価に設定した絵の具はどんどん売れた。
ついでに、というか、これが本当に大きな収入になったのだけれど、スフィーリアは避妊具も売った。既に避妊具は売られているものの、あまり質の良いものではないらしく、スフィーリアが作った質の高い避妊具はよく売れた。避妊具売るだけで二億リルカだって稼げたんじゃないかと思うほど、売れまくった。
そんなこんなで、この聖女って何している人なの? 性女なの? みたいな目で見られることもあったが、スフィーリアは全く気にしていない。
『セックスの女神に仕える聖女ですから、むしろもっと積極的にこういうこともやるべきでしたね!』
などと言って笑っていた。
嬉しい誤算もあった。
ナギノアの町で絵を描くことがブームになっていると聞き、礼拝堂に絵を描く協力者を試しに募ってみたところ、二十名程の人が集まってくれたのだ。
その画力は様々で、戦力にはならない人もいた。でも、中には優れた技術を持つ者もいて、協力をお願いすることになった。どうやら本職の画家もいたらしい。
礼拝堂が完成する頃には、総勢三十人程で礼拝堂の絵を描くことに。
ここで一度、またリーキスが様子を見に来た。
一ヶ月前に焼いた礼拝堂が建て直されていたことにまず驚いていた。
再び破壊工作に出ようとしたけれど、そのときにはまだ、礼拝堂の中には何も非難されるべきものがなかった。
そのため、リーキスは不満そうにしながらも、大人しく帰るしかなかった。
そこからの一ヶ月は、さらなる怒濤の日々になった。
僕が事前に下絵を用意していたので、早速皆で手分けして壁画を描き進めていく。
実力のある人にはほぼ丸投げして絵を描いてもらい、それ以外の人は、僕と協力して絵を描いていく。
キーファたち三人も、一ヶ月で本当に十倍くらい腕を上げた。正確には、特定の分野において僕とそう引けを取らない腕を磨き、分業することで絵を描く速度を上げた。
休む間もなく、毎日毎日絵を描いた。寝る間も惜しみ、スフィーリアの回復魔法で無理矢理元気を取り戻しつつ、延々と絵を描き続けた。
ちなみに、この一ヶ月で、大工たちに僕たちが居住している屋敷も修繕してもらった。素人工事だったのを、本職の人がきちんと修繕していくことで、綺麗な屋敷になっていった。
そして。
期日二日前の夕方には、礼拝堂の壁画が完成していた。
僕の当初の完成図よりも、ずっと質の良いものが、完成してしまっていた。
「……お、終わった?」
もうずっと描き続けていて、完成したということに実感が持てない。
塗り残しとか、描き残しが、あるような気がしてしまう。
中心に立ち、何度も何度も、礼拝堂内を見直す。
僕の見る限り、描き足すべき箇所は存在しない。
「……終わった、かな?」
集まっている絵師たちにも尋ねてみる。
皆、微笑みながら頷いてくれた。
「ついに、完成したね! アヤメ、ありがとう! お疲れさま!」
スフィーリアが僕をぎゅっと抱きしめる。
随分と久しぶりにスフィーリアを感じたような気がする。
その体温を感じていると、ようやく描き終わったのだという実感が染み渡ってくる。
「そっか……。終わったのか……」
一気に気が抜けて、その場に倒れてしまいそうになる。が、それはスフィーリアに阻止されて、僕はスフィーリアに体重を預ける形になった。
「あ……ごめん」
「ううん。大丈夫。わたしのわがままを聞いてくれてありがとう。本当に、ありがとうっ」
「……うん。僕は……スフィーリアの恋人で、神絵師だから。神絵師って言うのは、すごい絵師ってことなんだ。だから……これくらい、できなきゃいけないんだ」
あー……人生で初めてくらいに、思う。
しばらく、絵を描かなくていいかも、なんて。
でも、きっと僕はまた明日も描くんだろう。僕はそういう奴。絵を描くことに取り憑かれたような、変態的な絵師。
「今日はもう、ゆっくり休んでいいよ。後のことは、わたしがやっておくから」
「……そう」
気を緩めたら、急激に眠くなっていた。
お言葉に甘えて……僕はそのまま、意識を手放すことにした。
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