第13話 試練

「アヤメ様」


 スフィーリアが口の端を釣り上げて僕の名を呼ぶ。


「……何かな?」

「アヤメ様の心に何もやましいことがないこと、そして、アヤメ様の言葉が真実であること、証明していただけませんか?」

「……どうやって?」

「こういうのはどうでしょう? ルキアルト教の神話には、主だったもので百程度の神々が登場します。その中の五十柱を、アヤメ様の絵で表現してください。もちろん、全てを完璧に仕上げる必要はありません。だいたいの外観を表現していただければ結構です」

「……五十。ちなみに、いつまでに?」

「うーん、三日以内でいかがです?」

「三日で五十のキャラクターデザイン……。不可能ではない、と思うよ……?」


 三日間とは、具体的に何時間だろうか? こっちの一日は何時間? だいたい同じ?

 あ、そう言えば、そもそもこっちじゃ充電ができないから、タブレットもずっと使えるわけじゃない。むしろ今すぐにでも電源を落とし、どうしても必要なときだけ利用するくらいにしないといけない。

 モバイルバッテリーは、一応ある。でも、その充電も無限じゃない。ああ、スマホも電源切っておかないと。きっと、何かしら役に立つときが来る。


 ということは、アナログで描く必要があるわけか。

 まぁ、アナログだから描けないということはない。

 僕の両親は理解のある人だったから、小学生の頃からデジタルで制作をやってきた。しかし、アナログにはアナログの良さもあって、そっちのでの制作もやっていた。デジタルほどの完成品は作れなくても、ざっくりしたキャラデザくらいなら行けるはず。両方やってきて良かった


 それはそうと、キャラデザは簡単にできることじゃない。人にもよるだろうけど、しっかりやれば、僕なら一体だけでも一時間かかる。ときには何日も考え続けることもある。特にファンタジーイラストの場合、服装を考えるのがかなり難解だ。

 三日間で五十柱……。本当にできるのか?


「できませんか? なら……やはりキーファの言葉が真実……」


 ふふふ、とスフィーリアが微笑む。僕を困らせて遊んでいるようだ。


「それはおかしいから! ……もう、わかったよ。とにかく五十柱分のキャラデザをする。でも、僕はそもそもどんな神様かも知らないから、特徴とか神話の中での役割とかを教えてくれ」


 僕が覚悟を決めると、スフィーリアがにこりと微笑んでくれる。


「わかりました。本日は、付きっきりで各神様の特長をお伝えしますね?」

「頼む。ちなみに、僕は実のところ男性を描くのは少し苦手なんだけど……」

「それは察しております。百のうち概ね半数が女性神ですので、そちらをデザインしてください」

「……わかった」

「それと、壁画に関しても、全て女神を描いていただいて構いません。わたしが管理する辺境の礼拝堂ですから、男性神も描かねばならぬなどと文句を言う者もいません」

「……そう。それは良かった」


 良かったのか? 完成図がどえらいことになりそうだけれども。


「えっと、とにかく! キャラデザをするなら、今すぐにでも始めよう。んー、何がいるかな? 今回はアナログだから……ペンとノートか。鞄に入ってるな……。あ、十二色の色鉛筆もあったか? うん。これだけあればなんとかなる。紙は足りるか……?」」

「紙が必要でしたら、お持ちしますよ」

「うん。お願い」


 ちなみに、鞄に色鉛筆を入れているのは、授業中の落書きに色を付けたくなったときに使うためだ。普段の不真面目さが、こんな形で生かされるとは思わなかったよ。

 スフィーリアがぱたぱたとどこかへ駆けていく。

 その姿を見届けて、キーファがにやにや。


「ふふ? 面白くなってきましたね?」

「……キーファもスフィーリアも、僕になんの恨みがあるんだか」

「恨みなんてありませんよ。あるのはアヤメ様が童女に悪戯する不届き者かもしれないという疑惑だけです」

「そんな疑惑がないことは、キーファが一番よくわかってると思うけど!?」

「いえいえ。あたし、あのとき実は気付いていました。アヤメ様はあたしの幼い体に欲情し、欲望のままに貪ろうとしていたことを……っ。自分もつまづいたなどというのは嘘なのです……っ」

「……はいはい。まぁ、僕で遊んで、二人の気が紛れるならそれでもいいさ。嫌なことがあったときには、積極的に気分転換しないとね」

「……むぅ。その寛容さ、どうやったら身につくんでしょうね? アヤメ様の世界では、よほど穏やかな生活ができていたということでしょうか?」

「……どうかな。食べるにも困るような状況ではなかったけど、誰もが穏やかに暮らせていたわけではないから」

「その話、もっとちゃんと聞きたいですね」

「誰かさんが僕をはめるから、先にするべきことができちゃったけどね」

「その誰かさんが憎いですね。ちょっとあたしの前に連れてきてください。あたしの、前に」

「ホント、いい性格してるよっ」


 キーファの目の前に、キーファ自身を連れてくることはできない。故に、僕はその要望に応えらず、僕の負けになる。

 だからこそ、キーファはしれっとした顔で微笑んでいる。ということなのだろうな。

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