第12話 十一歳

 リーキスが何者であるかは、また追々聞いていけばいいとして。


「……それはそうとさ、あの二人が敵だって言うのはわかったんだけど。教会施設を整えて、信者五千人と大金を集めないといけないのかな? どういう経緯で?」

「スフィーリア様は、教会が大事にしている聖槍を壊した罪人として扱われています。しかし、まだはっきり犯人だと確定しているわけじゃありません。っていうか、スフィーリア様もそんなことはしていないとおっしゃってますし、濡れ衣でしょう。

 それでも、スフィーリア様には一つ試練が課されました。まだルキアルト教が布教されていないナギノアの町で、放置されていた教会施設を再建し、信者五千人と寄付金二億リルカを集めろ、と。

 ちなみに、この教会周辺の施設は八年以上前に使われていたもので、盗賊に襲われてボロボロになり、放置されていました。壁画はそのときの火災でほとんど失われたそうで、今はもう修繕の際に全部消しちゃいました」

「ふむ……?」


 気になる点が二つ。


「そもそもルキアルト教って、国教じゃないの? まだ布教されてないんだ?」

「国教といっても、まだ辺境の町にまで布教が行き届いているわけじゃありません。ナギノアも布教が行き届いていない町の一つです。より正確には、国教化の途中なのですよ。

 熱心に布教し始めたのはここ十年くらいの話で、それまではそれぞれの地域の信仰を放置してたそうです」

「十年前に、何かあったの?」

「ええ。北西にあるギガンディア帝国が、近隣の国を侵攻し始めました。ここ百年くらい大人しかったのに。

 このテラミリス王国では、帝国に対抗するため、ルキアルト教で結束を強めようとし始めました。

 それに加えて、布教活動をするだけじゃなく、統治体制もいじり始めたようです。教会に三大派閥は元々あったらしいのですが、信徒獲得だの寄付金集めだのと競争し始めのはこの十年の話。そして、王の命令が神の命令と同義だと言い始めたのもそうです。

 昔はもっと緩い宗教で、三大派閥も仲が良かったそうです。今ではお互いをかなり敵視していますが」

「ふぅん……。複雑な歴史がありそうだね」

「ですね。細かいことはあたしもよく知りませんけど。あたしも流れの新参者ですし」


 細かい歴史は置いてこう。

 二つ目。


「あと、罪人に試練を課すっていう発想がよくわからない」

「それはですね、教会関係者では、罪人かそうでないかを判断するのに、試練を課すことが結構あるんです。

 もしこの難題を達成できたなら、スフィーリア様は神の加護を受けている無罪の者。達成できなければ、神の加護を得られない罪人。ということになります。」

「めちゃくちゃな……。魔女裁判よりはまだマシかもしれないけど、合理的ではないよ」

「魔女裁判? なんですかそれ?」

「……悪い魔女をあぶり出すための裁判、ってとこかな。

 酷い拷問をしながら悪い魔女かどうかを尋ねて、そうだと自白したら悪い魔女。拷問に耐えて自白しなければ、悪魔に力を借りた悪い魔女」

「はぁ? 意味がわかりません」

「だろうね。けど、安心して。僕の世界でも、もう何百年も前にこんなおかしな裁判は廃れている」

「なるほど。それは良かったです」

「……ただ、割と最近でも、疑わしい人を追いつめて自白を強要するってのはあっていたみたいだから、犯罪者の判定は難しいよね」

「ですね」

「ちなみに、こっちの犯人探しって、魔法でどうにかならないもの?」


 キーファが少し怪訝そうな顔。何か変なこと訊いたか?


「……ある程度はできますよ。しかし、誰にでも使える魔法ではありませんし、重大な事件であればあまり信用されません」

「そうなの? 普通、重大な事件ほど、そういう魔法を利用するんじゃない?」

「世の中には色んな専門家がいます。真実をしゃべらせる魔法があれば、それを無効化する魔法も存在するのです。内包する魔力が高いと効きが悪いこともあります。

 あるいは、洗脳して嘘を真実と思いこませ、魔法を使っても真偽がわからないようにすることもあります」

「……なるほど。重大な事件ほど色んな細工がされるから、何が真実かわからないのか」

「そういうことですね。……ところで、気になったんですが、もしかしてアヤメ様の世界では、魔法を使える者はごく僅かなのでしょうか? なんとなくそんな口振りでしたが」


 そういえば、地球には魔法が存在しないと、まだ言っていなかったな。


「ごく僅かどころか、地球には魔法が存在しないんだ」

「魔法が、存在しない……?」


 ますます怪訝そうな顔をするキーファ。


「え? あるでしょう? あの板状の魔法具はなんです? 魔法の産物では?」

「あれは魔法じゃなくて、科学の産物。物理法則を利用した、誰でも使える便利な電子機器だよ」

「カガク……?」

「説明すると長くなる。この話はまた後にしようか」


 ぼちぼち、スフィーリアのストレス発散も一段落したところ。用意した土人形を全て粉砕し、ふぅー、と額の汗を拭って良い笑顔。


「スフィーリア様、満足しましたか?」

「そうですね。少しはすっきりしました」


 スフィーリアが僕たちのところへ駆け寄ってくる。そして、すぐ近くまで来たところで、足下の確認を怠ったか、土人形の残骸に足を取られて転びかける。


「おっと」


 とっさに体を支える。今回は僕が一緒に倒れることはなく、上手くいった。でも……近いな。かなり気恥ずかしい。

 手早く助け起こすと、スフィーリアが眉ひそめている。


「ありがとうございます。けど……うん?」


 どうした?

 不思議に思っていると、スフィーリアが僕の胸元に鼻を寄せ、くんくんと匂いを嗅いでくる。


「アヤメ様からキーファの匂いがします」

「え? そう?」


 気になって確認しようかと思ったが……スフィーリアの匂いしかしない。爽やかで、少し甘い。あまり嗅ぎ続けると変な気分になりそう。


「え、まさか、わたしがいない間に、キーファに手を出したのですか……? キーファはまだ十一歳ですよ……?」

「そんなわけないって。今みたいに、転びかけたところを支えただけ。いくら僕が年頃の男だからって、キーファに妙な真似はしないよ。流石に若すぎだって」

「ですよね。ちょっとした冗談です」


 ふふ? とスフィーリアが悪戯っ子の笑み。

 これで、誤解にもなっていない誤解が解けるはずだったのだが。


「嘘です。あたし、アヤメ様に無理矢理抱きつかれました」

「ええ!? キーファ、なんで急にそんな嘘つくかな!?」

「……嘘じゃないですー。アヤメ様は、あたしのこともちょっとは女性として意識してますー」


 キーファが少し拗ねた顔をしている。機嫌を損ねるようなことを言っただろうか?


「……アヤメ様。キーファの言っていることは本当ですか?」

「いやいや、そんなわけないって。スフィーリアだって、キーファの態度が変だってわかってるでしょ」

「えー? そうですかー? キーファ、いつも通りですよねー?」

「ええ。そうです。いつも通りです」

「うーん、となると、アヤメ様が怪しいですね。キーファのような幼気いたいけな少女になんてことを……」


 スフィーリアの口調から察するに、本気で誤解している風ではない。ただ、急に二人が結託し、僕を玩具にして遊び始めたらしい。

 この世界の聖女と修道徒は、どうやら想像以上にいい根性しているようだった。

 変に清貧だの清純だのと強調する人たちよりは、僕に合っているのかもしれないけどさ。

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