第14話 準備

 ひとまず、鞄を隠しているあの物置部屋に行き、タブレットPCとスマホの電源をオフにした。充電はできないが、しばらくはいざというときに起動できるだろう。電池が切れてしまう前に、充電する方法が見つけられれば良いのだけど……。

 そして、次にノートの残りと筆記用具を確認。シャーペンの芯はまだまだあって、ボールペンも黒、赤、青と揃っている。持っているノートは五冊あり、残りのページ数は百ページ以上あった。これなら追加の紙は必要なかったかもしれない。でも、こっちの紙がどんなものかも見てみたいし、丁度いいか。

 十二色入りの色鉛筆もちゃんと入っていた。昔、絵の具は大変高価だったと聞くし、気軽に色を塗れる色鉛筆はありがたいはず。デジタルでやれればもっと多彩な色を使えるが、今は我慢するしかない。


「よし、道具は揃ってる。あとは、三日で納品できるかだ……」


 一日が何時間なのかはわからない。極端には変わらないとは信じたい。


「一日が二十四時間だとして……三日で七十二時間、実際に活動できるのは五十時間程度。五十の神様をデザインするなら、一体につき一時間程度。なかなか厳しいなぁ……」


 自分の好き勝手に作るとか、ある程度知識のあるものを作るならまだしも、知識ゼロで、これからスフィーリアから情報を集めないといけない。一体につき一時間は、油断できる時間じゃない。


「悩んでる暇はないか。とにかくやろう」


 鞄を肩に担ぎ、物置部屋を出る。

 スフィーリアを探していると、青い小鳥が飛んできて肩にちょこんと止まった。

 これは……? 不思議に思っていたら、すぐにぱたぱたと足音がしてスフィーリアが現れた。その手には、あまり質の良くなさそうな紙の束。


「こちらにいらっしゃいましたか! 場所は、ひとまず先ほどの食堂で構いませんか?」

「ああ、うん。構わないよ」

「では、こちらへどうぞ!」


 会話している間に、青い小鳥は空気に溶けるように消滅。魔法か?

 びっくりしながら、先導するスフィーリアについていく。


「さっきの青い鳥は何?」

「捜し物をするときに使う探索魔法です。使い手によって形状は変わりますが、わたしの場合は青い鳥なんです」

「なるほど……」


 魔法、便利だな……。いや、魔法よりもスマホの方が便利か。あの鳥は、おそらく物理的に探し回って相手を見つけるけれど、スマホならとりあえず電話一本で解決だ。

 科学文明で育った僕は魔法に憧れるけれど、実質的には科学の方が便利ということはたくさんありそうだ。

 そして、僕とスフィーリアは、早速食堂にやってきた。

 適当な席に陣取り、筆記用具、色鉛筆、ノートを取り出す。


「あ、その紙、もしかしたら必要なかったかも……。でも、一応置いといてほしい」

「わかりました。……あの、ところで、その手にあるものはなんですか?」

「ん? ただのシャーペンだけど……あ、これもこっちでは珍しいのか。そりゃそうか。黒鉛を使った細い芯を使って、書き物をするための道具だよ」


 カチカチと芯を出し、ノートにさらさらと線を描いてみる。


「え? ええ? なんですかその便利な道具は!?」

「はは……。使ってみる?」

「い、いいですか?」

「うん。別に大したものじゃないからね」


 隣に座るスフィーリアにシャーペンを手渡す。三百円くらいの安物なのだけれど、高級時計でも手にしたみたいにおっかなびっくりだ。

 ノートも貸して、描いてみて、と促す。スフィーリアがおずおずと線を引き、おお、と感心する。


「……すごいですね」

「すごい、のかな? 僕には当たり前すぎてよくわからないや」

「ち、ちなみに、これは……紙、ですか?」

「うん。そうだよ」

「ええ……? なんて白くて滑らか……。こんな綺麗な紙、初めて見ますよ」

「そっか……。日本だと三冊組で百円くらいで買えるんだけどな」

「百エンとは、どれくらいの価値でしょう?」

「んー……パン一個?」

「パン一個分のお金で、この上質の紙の束が気楽に手に入るのですか……?」


 スフィーリアがノートの感触を確かめ、なんども感嘆の溜息。

 確かに、スフィーリアが持ってきた紙を見ると、地球の紙は上質なのだとわかる。


「……でも、一応こっちにも紙はあるんでしょ?」

「ええ、あります。質はこの程度ですが、特別に高価ではありません。とはいえ、一枚で百エンくらいの値段はしますが」

「高い……。まぁ、うん、事情はわかった。紙は貴重品なんだな……」

「はい。ちなみに、この罫線はなんでしょう? ご自身で引かれるわけではないですよね?」

「うん。もとから印刷されてる」

「へぇ……特に滲みもなく、元からそこにあったかのような線……。印刷技術も素晴らしいですね……」

「言われてみれば、ノート一冊でも色んな技術が凝縮されているもんだな……」


 当たり前のことすぎて、普段は気づかないけれど。


「ちなみに、そちらの色彩豊かなペン状の道具は……?」

「色鉛筆だよ。簡単に色を塗れるんだ」


 試し書きしてやると、これまたスフィーリアが嘆息。


「すごいです……。こんなに気軽に色を塗れるなんて……」

「やっぱり、こっちでは色を塗るのって大変?」

「はい。絵の具を使うのですが、まず準備が面倒ですね。鉱物を粉状に砕いて油などと混ぜる作業が必要です。一色だけじゃなく、使用する色全部で絵の具を作るので、それはもう大変です」

「……大変すぎるな」

「まぁ、この作業については、絵の具作りを商売としている方もいますので、購入もできます。ただ、そもそも絵の具の材料となる鉱物が高価なため、絵の具も高価です。このノート一ページ分の絵を仕上げるだけでも、数万エンはかかるでしょう」

「高っ。え? じゃあ、礼拝堂の壁に絵を描くとか、めちゃくちゃお金かかるんじゃない?」

「そうですね。まともにやれば、億単位のお金は必要になるでしょう」

「……お金、あるの?」

「流石にそんな資金はありません。そもそも、集めるべき寄付金の金額に匹敵してしまいます」

「じゃあ、どうするの?」

「買うのが難しければ、代用品を自分で作ってしまえばいいんです」

「作る? 鉱物を?」

「鉱物より、絵の具を作ってしまいます。わたし、聖女ではありますけど、色んなスキルを身につけてるんです。その中に錬金術があって、絵の具を作るくらいはできます。モンスターから採れる魔石を加工するんですよ。まぁ、こんな錬金術の使い方、わたししかしないでしょうけどね」

「……逆に、絵の具を作って売った方が、寄付金集めより簡単にお金が稼げそう……」

「王都にでも行けばそうかもしれません。でも、この付近では無理ですね。ほとんど需要がありません」

「ふぅん……? あ、そうか。絵を描くなんて基本的には贅沢な娯楽だから、一般市民はやらないのか」

「そういうことです。描くとしても、木炭を使ったモノクロの線画くらいです」


 スフィーリアとキーファが、僕のイラストに感涙した理由を垣間見た気がする。この世界、おそらく画家がそもそも希少だし、多彩な色を使った絵なんてそうそう目にするものでもない。それに、絵の具を使った絵では、デジタルなら容易にできる各種表現も、簡単にはできない。

 僕のイラストは、この世界では圧倒的な美麗さに見えたことだろうな……。

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