第19話 控えめ
それからは、ひたすらキャラデザを続ける二日間になった。
五十のキャラクターデザインが終わったとき、僕はむしろ物足りなささえ感じてしまった。もっともっと創作したい、描きたいという衝動が胸を焦がしていた。
キャラクターデザインだけでは気持ちが収まらず、作成したキャラを使ってイラストを描きたくなり、ノートにラフを描いていると。
スフィーリアが後ろからそっと抱きしめてきた。
背中に当たる豊かな膨らみだけでなく、スフィーリアから伝わる優しい温もりに、興奮状態だった心が和やかになる。
過剰に集中しているとき、確かにそのときは気分がいい。しかし、それは両刃の剣で、やりすぎると反動でしばらく動けなくなる。そういう経験もある。
仕事が一段落したなら、ちゃんと休むべきだ。うん、そうだった。
「アヤメ様。もうわたしの依頼は達成されました。この辺で一息入れましょう」
「……うん。そうだね。えっと、今、何時だっけ?」
窓の外はもう暗い。日が沈んでしまっているから、十八時は過ぎている、かな。
「日没から、一コクは経っていますね」
「ああ、こっちではそういう単位だった」
ということは、二十時から二十一時くらい、かな。
僕の感覚としては大して遅くもない時刻だけれど、太陽と共に生活するこの世界ではかなりの夜更かし。
「ごめん、遅くまでスフィーリアを付き合わせちゃったね」
スフィーリアが首を振る気配。さらさらの髪が僕の首をくすぐる。
「いいえ。ちょっとした遊び心での依頼に付き合わせてしまったのはわたしの方。わたしの方こそ、ごめんなさい」
「謝らないでよ。僕、すごく楽しかった。
僕からすると全く知らない神様たちに形を与えて、この世界に新しく生み出していく……。
自分でも、すごくわくわくしたんだ。次はどんなものが生まれるだろう? どんな表情を見せてくれるだろう? どんな輝きを放つだろう? ……大変だったはずなのに、大変だったっていう記憶ももう曖昧で、ああ、楽しかったなぁって思っちゃった」
「……アヤメ様は、本当に神々を描く絵師で、神に愛された絵師なのですね」
「そう、かな?」
「ええ。そうです。わたしは、アヤメ様を心から尊敬します」
率直な言葉に照れくさくなる。スフィーリアが後ろにいて良かった。顔が赤くなっていたら恥ずかしい……。
「そして、ありがとうございます。アヤメ様の手によって生み出された神様たちは、本当に魅力的で、愛嬌があり、生き生きとしています。まるで、本当に神様の姿を目にしたかのようです。神様たちのこと、もっと好きになりました」
「……そんな風に思ってもらえたら、絵師冥利に尽きるというものだよ」
自分の絵で喜んでくれる人がいる。絵師として、これ以上の喜びはない。
大変ではあったけど、本当に、やって良かった。
「そ、それより、いつまでも抱きついている必要はないんじゃないかなー?」
僕としては、大変嬉しい状況。美少女から抱きしめてもらえるなんて、永遠に続いてほしいとさえ思ってしまう。
でも、今は夜なうえに二人きり。キーファがどこにいるかは知らないけれど、少なくとも食堂にはいない。
ずっとこんなことをされると、僕も男として反応してしまうものがある。
「わたしがこうしていたいのです。いけませんか?」
「……い、いいんだけど、ね?」
スフィーリアの腕に力がこもる。当然、押しつけられるものの感触も強くなる。
うう……下半身を力ませないようにするのが一苦労だ……。
「アヤメ様」
「……ん?」
「アヤメ様を、好きになってもいいですか?」
「へ!? い、いきなり何を!? っていうか、どういう意味で!?」
「より具体的に言うのなら……アヤメ様に、恋をしても、いいですか?」
「こ、恋……」
これは、愛の告白? 好きだと伝えるのではなく、好きになっても良いかと尋ねるなんて、変わった告白だとは思う。
とにかく、人生初の告白だ。急なことに、心臓が高鳴りすぎて辛い。
「まだ出会ったばかりで何を言っているのかと思われるでしょうが、わたしも自分の気持ちに驚いています」
「……スフィーリアが好きなのは、僕っていうより、僕の絵じゃないのかな?」
スフィーリアが、僕の絵を好きになってくれているのは、わかる。
でも、僕自身を好きになる理由、あるのかな?
「そんなことありませんよ。この三日間、ほぼ付きっきりで共に創作に励む中で、わたしはアヤメ様の人柄にも触れました。
絵師としての優れた才能を持つだけじゃなく、その才能を支える努力ができる強い人。そして、隠しようもなく滲む温かさと優しさ。多様な価値観や考えを受け入れる懐の広さ。教養も備えつつ、時折覗くユーモラスな一面。
わたしが今まで出会ってきたどんな人とも、アヤメ様は違います。この世界に生まれ落ちれば育まれなかっただろう、素晴らしい知性と精神を宿しています。
たった三日間でも、アヤメ様を好きになるのには十分でした。アヤメ様と共に過ごす時間が、本当に幸せです」
「……そ、っか」
僕はただ絵を描くことに夢中になっていただけ。
そういう気持ちがあるから、スフィーリアの想いには戸惑うばかり。
でも……嬉しい。
好意を向けられて、自分がスフィーリアに対して恋愛的な感情を抱かないよう意識していたのがわかる。
スフィーリアを好きになってもいいのだと思ったら、僕としても、スフィーリアに惹かれていることは認めざるを得ない。
「ありがとう、スフィーリア。その気持ち、すごく嬉しいよ」
抱きしめてくれるスフィーリアの腕に触れてみる。女の子に触れるのは緊張するし、嫌がられる想像しかできなかったけれど、スフィーリアは離れていかなかった。むしろ、僕をより強く抱きしめてくれる。
「それはつまり……わたしの気持ちを、受け入れてくださるということでしょうか?」
「……えっと、僕も、スフィーリアを素敵な人だとは思ってる。っていうか、うん、好き、かも。ただ、まだお互いに知らないことばかりだから、明確にこう……恋愛関係になるのは、もう少し時間をおいてからでもいいのかなー……」
「アヤメ様は、奥ゆかしい方ですね? まるで、恋の女神のようです」
「……スフィーリアとしては、僕とどうなりたい?」
「んー……ま、いいですよ。一歩距離を置いた、ふわっとした両想いで。それはそれで楽しそうです」
「……そう」
「けど、わたしは控えめながら積極的にアプローチしていこうと思いますので、その気になったときには、すぐに言ってくださいな」
「……控えめで積極的なアプローチとは、矛盾していないかい?」
「そうですか? 要するに、こういうことですが?」
スフィーリアが僕の耳元に唇を寄せ、艶っぽく囁く。
「今夜、わたしの部屋に来ませんか?」
全身に電気が流れるようだった。
不覚にも、言葉だけで下半身の緊張が高まる。
「そ、それは、そのっ」
「無理矢理連れて行くことはしません。でも、その気になったらいつでもいらしてくださいな?」
まだ僕の耳を攻めてくる。
「全然控えめじゃないと思うけど!?」
「そうですか? 言葉だけのお誘いなんて、とても控えめだと思いますけど?」
「誘うだけでも控えめとは言い難いのでは!?」
「ラーヴァ様であれば、愛しい人の寝室に自ら乗り込んでいきますよ? 裸で」
「神様と人間の恋愛は違うから!」
ふふふ。スフィーリアの笑い声がまた耳を浸蝕する。
「ああ、そうです。男性は、こういうと余計に興奮するんですよね? わたし、処女なので、いざというときには優しくしてくださいね?」
顔が熱くなる。本当にもう、スフィーリアは聖女っていうか性女だろ!
「あらあら。顔を真っ赤にして。お可愛いこと」
「スフィーリアって本当に経験ないの!? 百戦錬磨って感じだけど!?」
「さぁ、どうでしょう? 今夜にでも確かめてみますか?」
「確かめないよ!」
「残念。では、明日にでも」
「明日でもないから!」
僕をからかって、スフィーリアがケラケラと笑う。
笑い声は素敵なのに、とても憎らしい。
「そもそも、聖女様って、男女交際とか、結婚とか、問題ないの?」
「特に問題ありませんよ。神様だって恋するし結婚するしセックスもするのに、信者がそれをしてはいけない道理はありません。アヤメ様の国では、聖女は純潔でなければならない決まりですか?」
「いや……そもそも聖女がいない」
純潔を求められるのはアイドルくらいかな。言ってもわからないだろうけれど。
「そうでしたか。一段落しましたし、また明日にでも、ゆっくりアヤメ様の世界のことを教えてくださいな」
「うん……。わかった」
一仕事終えたと思ったら、スフィーリアからの突然の告白。
充実しすぎだよ、僕の異世界生活……。
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