第20話 謝罪

 話に区切りもつき、そろそろ就寝の時間かと思ったが、スフィーリアが僕の隣に居住まいを正して立つ。


「……アヤメ様。遅くなりましたが、もっときちんと謝らなければいけませんでしたね。勝手にこの世界に呼び出し、さらに、帰還の方法がないなど、本当に申し訳ありません」


 艶っぽい雰囲気から一転、厳かな雰囲気でスフィーリアが頭を下げてくる。

 異世界転移の驚きと怒濤のキャラデザで、帰還できないことが意識から外れていた。


「それについては、僕もまだ実感があまりなくて。でも、帰れないって、大変なことなんだよね……。

 特定の恋人も、特別に親しい友達も、まぁいなかった。だからそれはいい。でも、両親はいて、きっと僕を大事に思っていたから、突然いなくなったら泣いちゃうかな……」

「ごめんなさい。どうお詫びしても、お詫びし切れません」


 真摯な態度。出会ったときにも謝罪はあったけれど、あのときとは全然雰囲気が違う。

 スフィーリアとしても、この三日間でことの重大さがわかってきたのかもしれない。


「そのお詫びは、僕に向けてする必要のないものだよ。心を痛めているのは、僕じゃなくて、僕の両親だから」

「はい……。そうですね……」

「ねぇ、本当に帰還の魔法はないのかな?」

「……アヤメ様は、やはり、帰りたいですよね?」

「……どうだろう。正直、わからないんだ。別に、元の世界に特別な未練はなかった気がする。このままずっとこっちにいることになっても、あっさり受け入れてしまいそう」


 スフイーリアがほっとした顔で息を吐く。


「わたしは、ずっと残ってくれればと思ってしまっています」

「そう……。僕としては、それでも全然構わないどころか、望むところというか……。ただ、帰還まではできなくても、せめて手紙の一枚でも送れないかな? 僕は元気でやっているよって、それだけ伝えられれば、両親も安心できると思うんだ」

「……正直申し上げまして、大変難しいことだと思います。異世界とは一つではなくて、無数にあるのでしょう。その中から、特定の世界、特定の場所に、狙って手紙を送り届けるのは……何をどうすればいいのか、さっぱりわかりません」

「そっか……」

「ごめんなさい。調べてはみますが、期待はしないでください」

「……わかった。もう、仕方ないね」

「アヤメ様には、全て捧げて、お詫びします」

「それ、成功報酬としても言ってなかったっけ?」

「……他に、わたしに差し出せるものがないもので」

「あまり堅苦しく考えないでよ。スフィーリアも、遊びで僕を召喚したわけじゃないでしょ?」

「いえ……そうとも言い切れません。どうせ失敗するだろうし、試しにやってみよっかなー、くらいの感覚でした」

「ああ……そう」


 実にいい加減な異世界召喚。


「で、でも、困ってはいたんでしょう?」

「うーん……正直申し上げまして、わたしは別に王都から追放されようが、王都の資産を没収されようが、全く構わないのです。むしろ望むところです。王都でつまらない出世競争を続けるより、この辺境で自由気ままに過ごす方が快適です。

 強いて言えば、壁画をどうするかは悩んでいました。わたし、芸術も好きなので、どうせならわたし好みの最高の場所にしたい、と」

「……ま、まぁ、とにかく、スフィーリアは悪質な悪戯で僕を呼びだしたわけじゃない。負い目なんて、もう忘れてくれて構わないよ。

 これから、そのー……恋愛関係に? なることばあれば? 僕は……スフィーリアと、同じ目線で並び立てる関係を築きたい。変な負い目は感じてほしくない。だから、ね?」

「アヤメ様は、やっぱり心の広い方ですね……。芸術の女神だけじゃなく、慈悲の女神にも愛されているのでしょう」

「……大袈裟な」

「大袈裟ではありませんよ。……召喚したのがアヤメ様で、本当に良かったです」


 スフィーリアがしみじみと呟いたところで、僕のお腹がぐぅと大きく鳴った。

 何か軽食を口にした覚えもあるが、今日もまともな食事をしていなかった。

 スフィーリアがふふとたおやかに笑う。


「お食事、用意しますね?」

「あ、でも、休まなくていいの? そういえば、キーファは?」

「キーファは、気を利かせてくれて早々に自室に帰りました。今は、わたしとアヤメ様の二人きりです」


 気を利かせて、ね。おませな子である。


「僕に手伝えることはない?」

「一仕事終えたのですから、休んでいてくださいな。では、少々お待ちを」


 スフィーリアがぱたぱたと去っていく。

 良い具合に疲労感はあれど、まだ眠気はやってこない。

 絵に集中した余韻は引いているけれど、スフィーリアに告白され、抱きしめられたことで、気持ちがふわふわしているからだ。


「……スフィーリアがいるなら元の世界に帰れなくてもいいかなんて、僕もただの男子高校生だよなぁ」


 僕は一体、両親をなんだと思っているのか。なんて親不孝者だ。

 自分に呆れつつ、スフィーリアが戻るのを待った。

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