第43話 お出かけ
一日お休みということで、蒼炎鳥キュリヴィズに乗り、僕たちはテラミリス王国内を観光して回ることにした。今日はお仕事抜きということで、それぞれ私服にも着替えた。スフィーリアのワンピース姿が目映い。
なお、キュリヴィズの背中には多くて三人までしか乗れないのだけれど、人が二人入れる鞄をキュリヴィズの首に提げるという形で、五人乗りを達成している。キュリヴィズの体力的には平気らしい。
今更だけれども、テラミリス王国はユーフォラム大陸において広大な国土を誇る、この世界での大国。世界地図を一度見せてもらった感じ、インドくらいの広さはあるのではなかろうか。東端から西端までの距離は三千キロ程度かな?
キュリヴィズの移動速度を時速五十キロとすると、流石に一日で端から端まで見ていくことはできない。行き先は選別する必要がある。
まずは、壮大な景色が見られるという、霊峰テナイ山の山頂に降りたった。
いきなり山頂か! と少しびっくりしたけれど、険しい山を延々と登り、雲の遙か上まで向かう体力はないので、いきなり頂上の景色を拝めたのはありがたい。
山好きの人からすると、味気ないと言われるかもしれないけれど。
「……すごい。こんなの、写真でしか見たことない」
山頂は寒いはずなのだが、スフィーリアが魔法でどうにかしてくれているので気温は快適。圧巻の景色にのんきに見とれることができる。
写真や映像でしか知らない壮大な景色は、心が吸い込まれそうになるほど美しい。日本で見る山は緑に覆われていることが多いが、高度の高さからか、草木は生えていない。その厳めしくも麗しい姿に恐れ
峻険な峰々、澄んだ空気、雲のない澄み渡る空、目映い日差し……。
圧倒的感動! とでも叫びたい気分。
「壮大な景色でしょう? ここ、わたしのお気に入りなんです」
腕を絡めるスフィーリアが、僕に微笑みかけてくる。
こういう壮大な場所を、お気に入りのカフェ、くらいの感覚で言及するのは、やはり異世界人だな。
「すごくいい景色。ありがとう連れてきてくれて」
「昼間の景色もいいですけど、日の出、夕暮れ、星が瞬く夜……全部、素敵ですよ」
「そう聞くと、一日中ここで過ごしたくなるね」
「そうですね。でも、今日のところは……まだまだ、色んな景色を見て回りましょう。アヤメ様に見せたいもの、たくさんあるんです」
「……ありがとう。ところで、なんだけど」
「なんでしょう?」
「……もう、様をつけるのやめない? それと、丁寧なしゃべり方も、しなくていいんだけど」
スフィーリアはくすりと笑う。
「それ、今言うこと? 他にもいいタイミングあったと思うけどなぁ」
砕けたしゃべり方になって、スフィーリアのことをより身近に感じられるようになった。
「……最初の頃には断られたし、いつ言おうかって迷ってたら、今になっちゃった」
「そう言えばそうだった。わたしから拒否したんだから、わたしから切り出すべきだったね。ごめんよ。お詫びに耳を舐めてあげよっか?」
「どういうお詫びなのかさっぱりわからないけど!?」
「男の子にはやっぱり、性的なお詫びが一番かと。……いい加減、一人でこそこそと慰めるのも、飽きてきたでしょ? 手伝おうか?」
キーファたちもいるからか、スフィーリアの声は小さい。それゆえに、内緒話をしている感覚が増して、妙にどきどきしてしまう。
「いや、その……それは、壁画が完成してからの、お楽しみ、で」
「なるほど。そういう考えもあるね。わたしも待ち遠しいなぁ」
スフィーリアが僕に抱きついてきて、頭をうりうりと擦り付けてくる。
「ちょ、他の皆もいるんだけど!?」
「だから?」
「……気恥ずかしいというか」
「キーファたちは気にしないよ。やれやれ、って呆れて、自分たちで勝手に遊んでる」
「……かも、ね」
ちらりと他の皆の様子をうかがうと、僕たちのことなど全く気に留めていない。
毎日僕たちのイチャイチャを見せつけられるという、特別な訓練を施されているのがよくわかる光景だ。三人で勝手に盛り上がっている。
まぁいっか。
僕も何かを悟って、スフィーリアを抱きしめる。
キスまでは、しないけれど。
それから三十分程のんびりと過ごして、山頂を後にする。
次に向かったのは、霊峰テナイ山から北西に一時間程のところにある、ユミルーナ湖。
半径二キロはある湖で、かつ、その水が綺麗に澄んでいる。周辺には町が築かれており、様々な人々で賑わっていた。
この世界において、観光業はあまり発展していない。車も飛行機もなく、移動手段が発展していないので、気軽に他の土地に出かけることはできないのだ。
しかし、人が集まりやすい土地というのはあって、この湖周辺もそうらしい。拠点としているナギノアよりも発展している印象だ。湖からも、近隣の森からも色々な恵みが取れるため、過ごしやすいようだ。
湖を望める料理店で、食事をした。
ナギノアでは肉と鶏料理しか食べられなかったけれど、ここでは魚を食べることができた。シンプルな塩焼きは、随分と懐かしい味がした。味噌や醤油も懐かしい……。自作する技術も知識もないから、諦めているけれど。
食事が終わったら、僕とスフィーリアは湖周辺を散歩した。キーファたち三人は、気を利かせてくれて相変わらず三人でどこかへ。三人とも並の大人よりも強いから、自由にさせて特に問題はない。むしろ、一人でいるとまずいのは僕だけ。短剣は腰に差すようにしているが、戦闘力はほぼない。
ゆったりした時間が過ぎていく。
思えば、慌ただしい三ヶ月だった。
特定の目的もなく、のんびり過ごしていると、心に温かなものが満ちていく。
「……ありがとう。僕を、連れ出してくれて。いい気分転換になるよ」
「ふふん? そう思うなら、十日に一度くらいは休みをいれて、わたしとお出かけでもしようよ」
「だね。それがいい」
大きく息を吐いて、大きく息を吸って。
呼吸の仕方を、久々に思い出した感覚。
「……僕は、絵を描くことしか能がなくて。スフィーリアみたいに、誰かの窮地を救う力なんてない」
「まぁ、そうだね」
「スフィーリアに比べれば、大したことない存在だとは思うんだけど。ずっと、スフィーリアと一緒にいたいなぁ……」
ぼやくように願望を述べると、スフィーリアからデコピンされた。痛い。
「わたしより大したことないなんて、そんなことはないよ」
「そうかな……?」
「わたしの力があれば、確かに怪我をした人や、病気の人を救えるよ。だけどね、そういう窮地って、人生のうちの何パーセントの話?」
「え? うーん……あまり多いと困るなぁ。一パーセント未満であってほしい」
「うん。だからね、わたしが誰かにとって大きな価値を持つのなんて、人生のうちの一パーセント未満の話なの。それ以外の九十九パーセント以上において、わたしは価値がない」
「……そういう見方もあるね」
「逆にアヤメは、人生の中のもっと大きな割合で、誰かにとって価値のある存在になれる。
キーファたちだってそうでしょう? アヤメを慕って、アヤメの絵に見とれて……。人生の大半を占める元気なとき、アヤメはの存在は輝くんだよ。活躍の場所が違うだけ。
それなのに、わたしより大したことないなんて思うの?」
「……それは違うかも」
「うん。違うよ。アヤメは、価値のあるとても素敵な人。わたしの、大切な人。変に自分を卑下しないで」
「そうだね。わかった。僕は、スフィーリアの隣に立つ価値がある。そう信じるよ」
「うん。そうして」
へへ、とスフィーリアが笑顔になる。
素敵すぎる笑顔を、素直に嬉しいと思った。
楽しいひとときにおいて、時間が過ぎるのはあっという間で。
僕たちは、おそらくは午後三時過ぎに、ユミルーナ湖も後にする。
それからは、キュリヴィズに乗りつつ、各地をざっくりと見て回った。
そして、日暮れ時に僕たちはナギノアの町に戻ってきた。
太陽が地平線の彼方に沈んでいくのを、遙か上空から眺めることになった。
オレンジ色の光が眩しくも壮麗で。
あの光を、僕の絵に詰め込めたらいいのになぁって本気で思った。
「……やってやるか。僕の持てる、全てをかけて」
あんな光を、壁画に。
うん、やってやろう。
そんな決意をしながら、僕は前に座るスフィーリアの体をぎゅっと抱きしめた。
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