KAWAIIものあつめ
――Phiman――
大通りから外れた、アパート同士の間に挟まれる狭い路地。自然の風が通らず、熱交換や排気のためにプロペラが作り出す風がカオス的に吹くこの場所は、広告の光も看板の光もなく、人の生活の光ばかりが道を薄暗く照らし、その明滅が人の存在を示している。
頑丈なブーツ。ポケットの多く機能性が高いベストに、黒く丈の長い適当なコート。あの可愛い服とはかけ離れた、黒ばかりの無骨な服だった。カイと別れたばかりで、今はグレートライフルを持ち歩かず、軽い身一つで動いている。
考えるべきことは多いはずなのに、一向に思考は進まず、同じところを回転し続けていた。
どうしてカイを殺せなかったのか。実力差はあまりにも歴然としており、撤退という選択肢が無ければ十分に殺せた相手だったのだ。
一度目は制約のため。そもそもこれは正規軍が打ち出した作戦を任された、クロウディアが指揮を取っている。なぜ科学者に一任したのかは不明だが、彼女はニコを手に入れるまで戦いを終わらせるわけにはいかないのだという。だがどうしても、最強と呼ばれるカイの強さが気になった。そこで腕試ししたいとクロウディアに言えば、計画のノイズを嫌う彼女がなぜか許可してくれたので、調査のために交戦した。
カイは――――あまりにも、弱かった。自分はあんなものと同列に比較されているのかと、憤りを感じ、いっそ人目のない瞬間に事故で殺してしまえばよかったと後悔さえした。
そして二度目は、躊躇いのために殺せなかった。一度目より強く、手応えのある相手になっていたから、満足に殺せるな。そう思っていたのに、最後の最後で殺しきれなかった。『死んでもまた会える』というあの言葉のせいだった。
自分が殺した友だちが言っていた、不思議な言葉だった。それを、どうしてカイが同じことを言ったのかが理解できなかった。だから、それを確かめたくて、また調査をした。
そして、カイを好きになった。一緒にいて、あんなに楽しい相手は初めてだった。今まで会う相手はみんな、なぜか様子がおかしくて、結局みんな、自分に対して恐怖や嫌悪を感じていた。でも、カイとは本当に楽しめた。
……ボクがカワイイから緊張した、か。
そこに思考が至るなり、ファイマンはミィの顔になって、立ち止まってしまう。その行動に気付いてから顔を振り、引き締め直す。それもまた、崩れていく。
カイと、デートだ。今度は向こうから誘ってくれた。同じ格好にしようかな。カワイイ系はもうやったし、セクシー系とかどうだろうか。ボクには分からないけれど、カイは喜んでくれるかな。
遅くなりかけた歩を早めた。こんな調子なので、アジトを回る時間が着実に伸びていた。
そして、ファイマンとしての考えに耽ろうと試みた。彼は深く考えているとき、あまり周りを気にしない。敵を警戒せずとも、超人的な察知能力で気付いたときに動けば間に合ってしまうし、格闘で負けることはまずない。
そんな調子なので、いつの間にか目の前に男が二人いたことに全く気付かなかった。
「んだぁテメェ?」
「ん?」
「ヒーロー気取りか? おい」
邪魔なひとりが見下してくるのを、肩を引きながら見上げた。ファイマンは小柄で、やや大柄なカイとキスするのに背伸びをしなければならない身長だった。
チンピラと呼ばれる類の人間と、その仲間がひとり、そして怯えた少女がいるのが見えた。
何があったにしても、興味などなかった。
「ただここを通っただけだ。そこをどけ、通れないだろ」
「おおこわ。ビビっちまった。とっとと逃げて消えちまえよホラ」
男たちも通りがかりに興味を無くしたようで、絶望の表情でファイマンを見る少女を取り囲んだ。
さて、次の次に行くアジトは……あぁしまった。道が違うか――。そう考えかけ、少女が服を掴まれたそのとき。
ポロリとこぼれたペンダントに、ファイマンは釘付けになった。
「……おい」
「あ?」
鋭い目がファイマンを睨む。だが彼は気にも留めず、話し掛けた相手――少女の目の前に立つ。
「そのペンダント、可愛いな」
「……え?」
意味不明のタイミングで、意味不明の言葉が飛び出した。少女は全く意味がわからず、言葉も作れずにパクパクと口を動かしていた。
その様子に二人は吹き出し、笑い始めた。
「いくらなら売る?」
「……あの……。たすけ……」
「たすけ? もしかして、助けたらくれるのか?」
少女は頷いた。
「おいおい今さら何を――」
ファイマンへ伸ばされた腕が、消えた。否。真下へ向いてへし折れていた。
反対側の一人の袖を引き、脚を掛けて転ばせ、そのすれ違いにナイフをスリ盗って急所に一突き。
ようやく腕が折れたと認知した男が状況認知する暇もなく一人が絶命した。
予想のつきにくい素人相手の戦い方だろうが問題ない。読み合いも不要。
ただ歩くように、ただ殺すだけだ。
「が……!」
骨折に気付いた男が声を出すか否かの頃、ファイマンはそっと男の背後に回り、膝を後ろから蹴り崩して跪かせ、そのまま首を回し折った。
彼は一作業を終えた疲れすら見せず死体を跨ぎ、少女の目の前に立ち、手を差し出した。
まだ目の前で男が二人死んだという実感が追い付いていない彼女は、どちらかと言えば困惑の色に染まり、彼を見上げていた。
「……ペンダント」
「え。あ、えっと……」
彼女は首紐をほどいてファイマンへ手渡す。彼はややご満悦にその愛らしい意匠を眺め、少女など居なかったかのように無視して踵を返した。
「あ、ちょっと……、ま、待って!」
やはり無視した。もはや興味などなかった。
「まだあるの! そういうヤ……ツ……」
跳ねるように戻ってきた男に、少女はまた困惑の声色になった。
「そう言うなら、くれるのか」
「う、うん。でもやって欲しいことがあって……」
「何をすればいい?」
「えっと。パパがね、お仕事で失敗しちゃったって言って、悪い人がお金を持っていっちゃってて、えっと、あ、お金を借りたの。それを……それでわたしをね」
「するべきことだけを言え」
「あ……えっと……あっちの」
少女が指差した先には、大小いくつかのビルがあった。
「あのちっちゃい方の……看板がないビルに悪い人がいて、それを……」
「殺すか、全員」
少女は口で答えなかったが、怯えたような目で僅かに頷いた。仮にも殺しの依頼なのだ。
殺人という機能に特化しすぎた彼に、そこまで細かい彼女の気持ちなど分からなかった。
「受け渡し場所は」
「うけたわ……?」
「アクセサリーを貰う場所だ」
「わ、分かんない……ウチは?」
「どこだ」
「ここ……」
彼女が背後の扉――マンションの裏口を指差した。ここに住んでいるのだろう。
「分かった。正面玄関で待て」
「う、うん。取ってくるね」
少女は扉を抜け、逃げるように走っていった。それと同時にファイマンは、装備も取りに行かず、ターゲットのいるビルへと向かった。
持ち込む物など不要。相手はろくな訓練もされていない戦闘の素人。幾多の死刑囚と殺しあった彼にはずいぶんと慣れきったものだった。
仮にもテロリストのボスである彼だが、清々しいほどに堂々と表の道を歩き、件のビルの下にやって来た。入り口には見張りらしい男が二人。どちらも嫌に人相が悪かった。
だが、ファイマンはまるで気にも止めず正面から入ろうとした。
「あ? お、おい。待てよ、コラ」
あまりにも当たり前に不法侵入しようとした彼を、見張りが止める。ファイマンはただ鬱陶しそうに男を見上げた。
「用か?」
「こっちのセリフだ。なんの用だテメェ」
「用件は……いや。その前に、確認させろ。ここは金を貸す仕事をしているのか?」
突然やって来て訳の分からないことを言う輩に、見張りの二人が顔を合わせた。
「どうなんだ。さっき、そこで二人の男が子どもを囲んでた。そいつの父親がここで借りていたらしいが」
「あったとしてもお客サマ情報ってヤツだ。言うわけねぇよなぁ?」
「そいつの事はどうでもいい。そういう仕事はしてるのか」
「してるから? あんなんだぁ?」
もう一人が詰め寄ってきた。
ファイマンは背後を見る。通行人の何人かがこちらを見ながら歩いていた。
「目撃者がいたら面倒だな」
「あん?」
「人の目がある。そういう所で殺しをすると面倒くさいんだぞ。お前らにとっても、ボクにとっても――」
「ぼ……ボクぅっ? あっはっはは! おい聞いたか、ボクだってよ。お坊っちゃんかよ!」
笑いだした二人を余所目に、ファイマンは中へ入った。見張り二人も拳を作って手首を回しながら、その後を追う。
外から見えなくなったところまで進むと、これまたガラの悪い男たち。それが駄弁ったり、カードゲームをしたり、賭けのボードゲームをしたりと、要は暇を潰しているスペースだった。
正規軍の最終兵器は、瞬間的に観察を始めた。
――合計十二名。格闘が得意:七名。銃撃が得意:五名。両方が得意:二名。
この場の最大レンジは短距離、よって遠距離を得意とするセミオートライフルの優先度が低く、アサルトライフル、拳銃と上がっていく。しかし拳銃を使いこなせるほど技量の高い者はおらず、五人ともライフル系だった。しかも、よほど金が無いのか半分は化石のような実弾銃だ。
近接を主軸とする者たちも技量がない上、スタンバーストを使う者もいない。ハンドソーやパイル・アクスはあるが、持ち方や携帯の仕方から使い慣れているようでもない。
どいつもこいつも、銃を拾った死刑囚と同じ顔をしている。力だけを手に入れて、自分を安心させているだけだ。
ファイマンは呆れながらも部屋の構造を少し観察し、男たちの立ち位置と動き方を予測し始めた。
カードゲームのテーブルは典型的な丸型で倒せば二人が詰めて隠れられる。奥のカウンターでは酒を飲んでいる者が四人で、銃を使う者は一人。カウンターに隠れて撃てるので最優先で始末する。残りの四人はその場で撃つかテーブルに隠れようとするだろう。つまり銃持ちはテーブルの位置に密集する。
残りの格闘七人。二人が丸テーブルの位置にいて、三人がカウンターで飲んでおり、二人が背後の見張りだ。
背後二人は即座に殺し、銃の者を始末すると、最も遠いカウンターの三人がテーブル付近に落ちた銃の存在に気付くだろう。
ならば動き方は――。
「オラてめえら! お坊っちゃんのお通りだ!」
「あぁ~っはっは! ほらボクって言えよほら!」
背後で見張り二人が茶化し始めているのを無視して、ファイマンはキョロキョロと周りを見回していた。
ところで彼らは……どうなんだろう。そういう業者なのだろうか。そんなことを考えていた。あまりにも世間知らず過ぎて、明らかにヤクザの事務所だと言うのに確信がなかった。
ただ、間違ったところを皆殺しにした場合に報酬は貰えるのか、それだけが不安だった。
「向こうのアパートで、娘を持つ男が取り立てられていた。ここはそういう仕事をする場所か?」
「あんだ警察じゃねえのか?」
「警察ぅ? あんな小粒が来る分けねーだろ。アーミーじゃねえか?」
「アーミーがこんなアホ面でアホみたいに突っ立ってる訳ねえだろバカ。あれはな……ただのアホだ」
男たちが勝手に盛り上がっているのを見て、ファイマンは少し苛ついていた。どうして質問に答えないのだろう。
「おい。ボクの話を――」
「ホントにボクって言った!」
「ギャハハハ! やべぇぞアイツ!」
彼らは大盛り上がりだが、ファイマンは唖然としていた。
前哨帯の中にも話が通じにくい者や、聞き続けるのが苦手な者もいる。だが、ここまで通じない人種は初めてだった。前哨帯の者たちとここの者たちは、本当に同じ人間なのだろうか。
唯一よかったと思えるのは、彼らに対して味方として振る舞う必要が無いことだ。
後ろへ体重を移動し、流れるような動作で背後にいた見張りの腕を引いて前方へ姿勢を崩させ、掴んでいた腕をひねり上げつつ隠し持っていたナイフを奪って男の首に当てた。
「話を聞け」
よし。これでこいつらも落ち着くだろう。
そう、思っていたのだが。
「――テメェッ!」
テーブルが横倒しにひっくり返され、机の下、棚、背負っていたもの、次々とマシンガンやライフルが取り出されたと思えば、一斉に五つの銃口がこちらを向いた。六つの様々な近接武器まで顔を出す。
……信じられないな。全く。
「ぶっ殺せ!」
ファイマンは人質の首を深く切ってぶん投げ、その動作からもう一人の見張りの脚の腱を切って盾にした。そこでようやくカウンターから一発目の弾丸が発射される。
首を半分にされた男がテーブルの上へ降って、隠れていた男たちの上に着弾。盾にした男がカウンター裏からの射撃で蜂の巣になるのを構わず進み、テーブルからやって来たパイル・アクスの男へ押し付ける。凄まじい勢いで飛び出した肉厚の刃が盾の胴を縦に割った。
この男の重さは足場に最適だ。疑似物質の刃をフック代わりに引っ掛けてわざと手放し、重くなった斧を握ったまま前傾姿勢になった男を踏み台にして前へ飛んだ。テーブルの横に落ちたマシンガンを拾いにいこうとする男の胸を蹴り、軌道を変えてカウンターに片足で着地する。
男が目を見開いてファイマンの姿を追おうとする頃には、着地の勢いでもう片足も着かずに身体をひねりながら飛んでいた。銃のスリングベルトを片手で掴んで男の顎に引っ掛け、もう片手で銃を掴んで引っ張り上げて首の骨を回し折る。
床に両足で着地すると同時に、ファイマンは引き金に指をかけた。
この銃はMES32A1で実弾装填、装弾数は最大四十発。ボクが到着するまでに二十九発撃ったので残弾は十一発。
計算しながら状況を見る。テーブルの裏には銃を持った三人が投げた男の下敷きで、一人は銃を取り落として即座に動けず、二人はあと
身体を少し横へ倒すとやって来た弾丸が顔の隣を通り抜ける。同時に撃ってきたセミライフルの男へ二発。弾丸が顔の中心へ吸い込まれて突き抜けた。
身体を捻って狙いを定め、テーブルの二人へ二発ずつ、命の芯をぶち抜いた。残り五発であと六人。
カウンターを乗り越えながらテーブル横の銃に最も近い一人へ二発。転んで腰を抜かした男へ二発。テーブルの裏で下敷きになっていた男が顔を出したところに銃口を当て一発。
残りの三人は全員が近距離を得意とする。これだけ近いなら銃より近接で殺した方が早い。
「ひ……うわぁああ!?」
一人がパニックになって逃げ出そうとするが、体重移動を始めた時点で投げられたナイフが、その側頭部に突き刺さった。
残った二人は即死した男を振り返りもしないで、訳も分からず自分を鼓舞していた。パイル・アクスの一人が身を屈めて突っ込んで来た。突進は咄嗟の一撃として有用で、相手の不意を突いて隙を作れる手段である上、太って重いだけ強力になる。喧嘩を生き残った男の本能の必殺技だ。
とはいえ、見てから動けるファイマンを攻略できるものではなかった。彼は尻をついて座り、ただ待った。そして男の驚いた顔が頭上に差し掛かるタイミングで彼の持つ斧の取っ手をひねって角度を変え、起動した。飛び出した刃が男の身体をやや斜めに割り、右肩を失った男は止まれもせずファイマンにつま付いてカウンターに頭から突っ込んだ。首の骨が粉々に砕ける軽快な音が響く。
ファイマンは立ち上がり、最後の一人、ハンドソーをブンブンと鳴らす呼吸の荒い男に向かい合った。
「殺す……殺して……」
「キックバックは知ってるか」
「あ……?」
「教えてやる」
ファイマンは落ち着き払った様子で、近場に落ちていたボードゲームの板を拾った。それが、男の神経を逆撫でした。
「バカに……しやがってぇええッ!」
改造されたらしいハンドソーが強烈な回転音を響かせながら振り下ろされた。身体を捻って避け、下がりつつ次の一撃も避けて距離を取った。
「ッラァ!」
突きが来た。その瞬間にファイマンが、押し返すように板を突き出す。ハンドソーの先端が接触し、その回転で産み出された強烈な力によって男の手先がグンッと跳ね上がった。
キックバックとは、ソーの回転の力で刃が跳ね上がる現象だった。
「あぶ――」
最後まで言い切ることすら許さず、ファイマンは男の手首を掴んで喉に押し込んだ。「うぃひゅ」などという間抜けな声を最期に、喉回りの肉をズタズタに引き裂かれて絶命した。
さて、と立ち上がったところで、ファイマンの胸から弾丸が飛び出した。背中を撃たれたらしい。
「チェックメイィツ! ン~油断は禁物……」
忍び寄ってきた男は絶句した。撃った相手が倒れない。それどころか平然と振り返り、ただ不機嫌そうに口を結んでいた。
「あ……アイエェエエエ!?」
叫びなど無視して拳銃を奪い、ファイマンは全く同じ位置を撃ち抜いた。男は倒れ激痛に喘ぐ。
「……死んだか? ここを撃って」
「が……はぁ……」
「そうだな。ここじゃ死なない。普通の人間でさえな」
男の顎に肘を叩きつけ、肉の中身を粉々に砕いた。そして、閉じられなくなった口に銃を突っ込んで、やや上顎へ向けた。
「殺すなら――――ここを抜けるように撃てよ」
そのまま引き金を引く。軟口蓋の肉を突き抜ける弾丸の反動でブローバック。後ろへ動いたスライドのサイトが歯に引っ掛かり、男の歯を割ってファイマンの頬に迫る。
それすら首を捻って避け、立ち上がって拳銃を持ったまま部屋の奥へと向かう。
扉を開けると吹き抜けの階段の部屋だった。一階上っては見て回り、また一階上っては見て回りを繰り返して、追加で七人殺して拳銃を捨てた。どうやら構成員の多くは一階に溜まっていた者たちと、この騒ぎで上に集合した者たちに別れていたらしい。
そうして最上階へ上がるとき、上の狭い踊り場に十人も固まっていた。
「ぶっ殺せコラァーッ!」
合図と共に構えられた全ての銃器が火を吹く。その頃にはファイマンが、階段の手すりと壁とで三角飛びしていた。彼らの裏に着地し、一人の装備にあったグレネードを掠め盗って下り階段へ転がし、マシンガンを奪いつつ跳躍。階段の上に着地した。
グレネードに気付いて上へ逃げる者の頭を片っ端から吹っ飛ばし、逃げられなかった者は爆殺された。一人だけ運良く生き残った者すらあっさり見つかり、やはり頭に風穴を開けられた。
マシンガンを片手にそのまま階段を上りきり、屋上への扉を開け放った。目の前には銃を構えた三十人が立ちの列と座りの列で銃を二列にし、その後ろでは小型ヘリに乗り込む三人。
似たような手口を使ってばかりだな。そうファイマンは呆れていた。地を這うほど低い姿勢で、しかし信じられないような速さであっさりと列の背後に回りこんだ。一人の頭を撃ち抜いてマシンガンを奪い、両腕に長物を構えてまた上に飛んだ。
凄まじい精度で二丁のマシンガンをぶっぱなし弾丸の雨を降らせる。反動で身体が回転することすら計算に入れ、空中でスピンしながら一人へ二発ずつ。毎秒十五発のフルオート暴れ馬をものともせずにブチかまし続けた。
そうして着地する頃には残りの二十九人も始末を終えていた。これなら死刑囚の方が強かったと首をひねる。死刑判決を食らうのは一線を越えた者たちばかりなので、当然と言えば当然なのだが。
ファイマンはそのままヘリコプターへ向かう。残りは、用心棒、操縦士、老人。すでに羽根の回転は始まっており、今にも飛び立ちそうだった。
用心棒と老人が一緒になって拳銃を撃っているが、もはや面倒なので避けなかった。
拳銃の狙いは手首に依存するため意外と扱いが難しく、素人では当てることすら至難の技。すでに五発撃ってきているがまだ掠りもしてない。と思えばようやく一発が、今度はファイマンの右胸に――。
「ん?」
――命中したが、妙な感覚があった。胸の内ポケットを探ると……。
貰ったペンダントが、弾に当たってひしゃげていた。
「………………チッ」
思い切り舌打ちをする。
どっちだ、今のは。よく見ていなかった。
まあいい。
どちら道――殺せばよいのだ。
ファイマンは駆け出し、恐ろしいほどの速度で用心棒の目の前に詰めた。
「うぉおっ!?」
驚き叫ぶ男の腹を殴り上げ、そのまま真上にぶん投げた。
直上に向かった用心棒を迎えたのは、高速回転するヘリコプターのブレードだった。Ppの輝くシャワーとどこかへ飛び立つ肉を見届け、揺れから安定したのを見てファイマンも飛び上がった。そして、ヘリのソリに掴まって登り、乗り込んだ。
「く……き……貴様ぁ……何者だ……!?」
「誰かはいい。殺しに来た」
ファイマンは入り込むなり操縦士の首の後ろに指を突っ込んだ。スライムか何かのようにめり込み、その指が頚椎を掴むや否や、カバンの取手のように引っ張って片手で席から引っこ抜いて、壊れたオモチャのように暴れるパイロットを外へ捨てた。あっという間にハイジャック完了だ。
それから片手でヘリを操作し始めた。レバーで高度を安定させ、スティックで位置も固定した。
「な、何をする気だ!」
「質問をするから、ちゃんと答えろよ。ここは借金か何かを取り立てる仕事をしているのか」
「そ、そうだ。それがなんだというんだ!」
親分は座席のベルトやヘリのフレームなんかに手を掛け、しっかりと身体を保持していた。そうでもしないと滑り落ちるかのようだった。
「娘のいる男。覚えがあるか?」
あまりにもざっくりとした質問に、親分は必死に言葉を探し、ある可能性に気付いて目を見開いた。
「部下を二人殺しやがったのは……!?」
「ああ。ボクだ」
「ま……まさか……! 貴様……貴様がジェイクなのか……!?」
「……? ジェイクって誰だ」
言いながらビルの下に目をやると、入り口付近に車が集合していた。正規軍のものでもT.A.S.のものでもない。こいつらの残党だろう。
なら、ちょうどいい。
「…………誰だ、って……。じゃ、じゃあお前こそ誰だ……?」
「覚えるだけ無駄だけど、知りたいなら教えてやる」
一気にレバーを下ろして高度を下げ、ビルの屋上の少し下まで下げた。ヘリの側面がビル壁に向いたまま静止する。
「ボクの名は――――ファイマンだ」
それからスティックを思い切り真横に倒し、同時にビルへ向かって飛び出して脱出した。弾丸のような勢いで斜めに突っ込みながら壁を蹴り、その勢いを殺してまた真横へ飛んだ。
ヘリコプターのブレードがビルのガラスを割り、コンクリートに砕かれて四方八方に金属片を撒き散らし、そのままビルに突っ込んで大爆発を起こす。石や金属の様々な欠片が周囲へ射出され、周囲の建物の窓すら砕いた。
ファイマンは近くの街頭を掴んでグルリと回り、アパートへの道へ飛んで着地した。
「はぁ」
せっかく貰ったペンダントが壊れた。彼はたった一息ついただけで、報酬を貰いに道の真ん中を歩き出す。その背後で炎上したヘリコプターの残骸が集合していた車たちを直撃し、またも大爆発を起こしていた。四方八方に破片が飛び、歩く先の車にヘリのブレードが刺さる。
「……あ」
思わず振り返る。そうだ。そういえばカイは、人を殺すのを嫌がっていた。
……このことは、黙っとこう。ファイマンは歩き出した。
大変なことになっているが、人々は爆発の方ばかり気を取られており、ほとんどの人がそこにファイマンがいたことを覚えていなかった。
ひと仕事を終え、彼は例のアパートの正面玄関口へ。あの少女は外の階段に座って待っていた。膝にブリキの缶を乗せている。
「あ! 戻ってきた!」
「報酬は?」
「これ……」
ファイマンは缶ごと受け取り、少女の隣に座って物色を始める。中にはハンカチで包まれたキラキラのアクセサリーたちが、色々な顔で待っていた。
これとこれは……あのファッションで使えそうだ。この
「あのねっ、これでもうきっと大丈夫だから、すっごくうれしいの!」
「ふーん」
「でも、やっぱりわるい人だからって、その……ころしちゃうのはダメ……だったかな……」
「ふーん」
信じられないほど興味が無い返事だった。これを貰ったら用済みだ。彼女がこの先で生きようが死のうが知ったことではない。ファイマンは欲しいものを貰って、缶を返した。
「もういーの? あ、でねっ、さっきケーサツのひとが来て、連れてかれそうになっちゃったんだけど、あっちでドッカーンって――」
また話そうとする少女の目の前に、拳をズイと突き出す。チェーンでぶら下がった、弾丸を受けてひしゃげたネックレスがひとつ。
「これ、どこで売っていた」
「あ……こわれちゃったんだ。それはね……えっと、駅の近くのデパートのね」
「四つはある」
「んと、ここから駅に行くときにあるやつ。それで、えっと、三階……のぉ、オモチャとかあるところの、隣」
「三階だな」
ファイマンはそのまま壊れたネックレスを彼女の持つ缶の上へ置き、そのまま駅の方角へ向かった。
「あ……行っちゃった……」
別れを言う間もなく消えた彼を見届けて、夢だったのかなと少女はまばたきした。だが、件のビル方面から聞こえるサイレンと喧騒、そして歪んだネックレスが現実だと知らせていた。
「……ふんふーん……ふふんふふん……」
なんだか分からないけど嬉しい少女は、首に新しい宝物を下げ、まだ夢見ているみたいな気持ちで階段に鼻唄を響かせ続けていた。
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